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マルタ・サギーは探偵ですか? 

マルタ・サギーは探偵ですか?
著者: 野梨原花南
出版社: 富士見書房
ページ数: 206p
発行年月: 2003年12月

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あらすじ
彼の名前はマルタ・サギー。本当は少し違うけれど、オスタスに来てからはそう呼ばれている。職業は『名探偵』。けれど推理はしないし、できない。マルタにあるのは“事件を強制的に終結”させる力だけ。彼がその力を行使すると“世界の法則さえ捻じ曲げて事態が解決”してしまうのだ。「だってどんな世界でも働かなきゃ、生きていけないし。僕にできるのは『名探偵』だけだし」完璧な探偵であり、同時に全く探偵でないマルタ・サギーは、如何にして『名探偵』になったのか?彼の“秘匿されている”過去が、そして宿命の好敵手、怪盗ドクトル・バーチとの出会いの顛末が、今初めて明らかになる!マルタは、へらりと笑う。「不安なのは、どこでだって一緒だ。だから新しい世界で、僕はどんな僕になろうか考えたのさ」。
by:BOOKsデータベース

ああ、うれしい。
ようやくやっと野梨原さんの作品を語れる

今までずっとコバルト文庫から出版されてきた作品を追いかけてきてましたが、「富士見ミステリー文庫」なんてところでも書いているとは今までずっと知らなかった。
(ネットで新刊検索しなかったら、そのまま一生知らなかったのだろう。巻末に他社のも宣伝してくれればいいのに)

そんなこたーともかく。
肝心の本編のほうですが。

―――うーん。
端的に言って、2003年(書かれた年)にハリポタとシャーロック・ホームズを混ぜて煮始めて、まだ指を突っ込んでも平気な熱さの澄まし汁をすくった感じ?
何よりまだ作者がこの世界観を書き慣れていない感がありありなので、読んでいるコッチもちょいとばかし感情移入してみる隙間が無い。

そのまま終盤まで突き進んでしまったものだから、いきおいで今現在手に入る7冊を全部揃えてしまったのはいいが、どうするか?
と悩んでいたところに、私を野梨原さんから離れられなくしている絶妙のテンションが。

「人を殺すことはなんで悪いか。命の重さに代わりはなくて、喰ってンだからおなじだろうとか、戦争がどうのとか、うるせぇな、悪いと思うから悪いんだ! 人の生命、安全、財産は守られるべきであって、誰かが勝手に攫っていいもんじゃない。生きる価値があるとかねぇとか、神様でもねぇのに手前が決めんな、お前そんなに偉いのか!?」

くーッ。
大好き
出てくるキャラが大上段に構えてこーゆーセリフを正面切って決めてくれる。
これを言ってる「鷺井丸太」は、正直言って人生ちっとも前向きに生きるつもりの無い高校生で、引きこもりがちなダメ男なんだけども、運命のイタズラに流されて「マルタ・サギー」と名乗ることになって以来、すこしずつ面倒くさい世間に目を向けて、前向きに成長してゆくのだと思われる。
んで、本人が衆目の面前でこんなセリフを決めてしまったものだから、
(そして、(仕組まれていたとはいえ)きっちり事件も解決しちゃったわけだから)
嫌でも成長してゆくしかないんでしょう。
次の巻を読むのが愉しみです
(だってまだ表紙の二人は正式には対面してないわけだし)

名探偵がいるところには怪盗がいる。
その役回りのドクトル・バーチが、いにしえの「ダイアモンド伯爵」を彷彿とさせてくれるので、
伯爵のFanで、まだまだもっと伯爵の活躍が読み足りなかったFanからしてみれば、なおのこと彼女の活躍が愉しみです

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マルタ・サギーは探偵ですか? A collection of s.  

マルタ・サギーは探偵ですか?(A collection of)
著者: 野梨原花南
出版社: 富士見書房
ページ数: 222p
発行年月: 2004年07月

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あらすじ
異世界・オスタスで、名探偵事務所を営むマルタ・サギー。駆け落ち事件に怪盗騒ぎ――解けない謎はないマルタにないもの、それは生活能力だった。だから働き者の助手・リッツには、ゴハンの苦労をさせるし、好敵手関係のはずの怪盗ドクトル・バーチには、生活の心配されちゃうし……。

書き下ろし長編1冊目の前後に雑誌で書かれた短編+書き下ろし1本を含めた短編集です。

■ 第一章(その1):探偵M氏に助手はどうです?
探偵助手リッツ・スミス登場。
探偵(18才)にして助手(15才)。
ワケありで世話焼きなら、年上のほうが好みかな~というのが個人的感想。

■ 第一章(その2):ドクトル・バーチはそのころ何を?
第一章のドクトル・バーチ視点。
この頃から、名探偵時のマルタのキャラに変化が。
自分の変装に、マルタが微妙な反応をしてみせるのに、後になって自分でヤキモチ焼いちゃうバーチが可愛い。

■ 第二章:マルタ・サギーの三日間
「ちょー」シリーズでもありましたね、記憶喪失モノ。
ひょんな事件で記憶を無くしてしまったマルタを、知らん顔して屋敷に匿うバーチ。
これがBLとかハーレクイン文庫だったりしたら、ものっそい耽美な展開に発展するのだろう設定を、いとも可愛く綺麗に自己中にハッピーに盛り上げるのが上手いのです。
やはりここでもひたすら可愛いバーチ。

■ 第三章:リッツ・スミスは十五歳
ほのぼの日常編。
なんだか「聖夜の贈り物」のエピソードを彷彿とさせられた。
ここらでこの短編集は「可愛いバーチの特集号」ではないのかと疑い始める。

■ 第四章:探偵M氏の迷宮入り事件
名犬:ジョゼフ犬登場。
日の高いうちは可愛いワンコ。
夜のあいだは可愛い女の子。
探せばジョゼフ犬がメインの同人誌(男性向け)山ほど発掘できるんじゃないでしょーか。
ずばりストーカーの範疇まで進歩を遂げているバーチ。
でもジャックの言葉じゃないけれども、このままあっさりマルタが振り向いてしまったら、なんかすぐにバーチのほうが飽きちゃいそうな気もしてきた。

■ 第五章:研究対象マルタ・サギー
エシ氏がキモカワイイ。
しかしクレイの描写が、書くたびごとに違うのはどうしたものか。
(髪の色だけでも栗色・濃い茶色・薄い茶色、瞳の色なら鳶色・灰色etc)

この一冊でバーチとジャックがけっこう好きになりました。
マルタはイマイチまだどういう人なのかわかんない。
バーチの言うように「純粋」というよりも、今はただの世間知らず。
彼のほしいものが全て手に入ったとき、そのすべてに慣れてしまったとき、それでも「純粋」で居続けられるのかが今は疑問。
とにかく1冊目に比べて格段に話のテンポが良いので、気になる方はこの巻から試し読みをしてみては?
(この巻を読んでOKなら、残りの巻を暇なく一気読みできることは請け合いです)

マルタ・サギーは探偵ですか? (2) 冬のダンス 

マルタ・サギーは探偵ですか?(2)
著者: 野梨原花南
出版社: 富士見書房
ページ数: 206p
発行年月: 2005年03月

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あらすじ
「わたくし、カード戦争委員会から参りました。―マルタ・サギーのフォローをするために」シェリー・オーウェンは微笑んでそう告げた。異世界・オスタスで、名探偵事務所を営む“完璧な探偵にして全く探偵でない”マルタ・サギー。あらゆる世界の法則を捻じ曲げる“名探偵”のカード使いである彼は、カード戦争から逃れられない。カード戦争は、誰が何のために始めたのか?世界の神秘に通じるその謎を巡って、ドクトル・バーチが属するフィランシェ教室もまた、動き出す。それはマルタの助手・リッツの過去へと続く、ある人物の登場をも意味していた―。全てを受け止め、マルタは笑う。「負い目があるとわかっているなら、それを打ち消さなくちゃいけない。僕だって、それくらいの事は解るようになったんだよ」新感覚カードバトル・ミステリー、新展開突入。

バーチ負傷。
ところでバーチの香りになってる杜松ですが、手元にあるジュニパーの香りだと松。
クナイプのワコルダー(杜松)も松っぽい山の香りで、別名:和白檀。
いっそブルガリのブラックとか似合いそうな感じがするのだけれども。
それより検索で見つけた杜松の樹というグリム童話がものすごく残酷で怖かった。
欧州の子供達は、こういうのを幼少時代から読んでいて、どうして一人で寝たりトイレに行けたりするのかが不思議だ。(←ただの怖がりι)

デアスミス登場。
個人的には、もっと悪者でもいいと思う。
できれば最後にクレイが彼を裏切るともっといい。

アテンダント:
川原由美子著「観葉少女」のなかの「メランコリィの花冠」を彷彿とさせられた。
リッツは「兄は自分すら躊躇なく殺してしまうでしょう」と達観してしまっているけれども、デアスミスはちょっと異常なくらいに弟のことが大切なんじゃないだろうかと予想しているんだが、さてどうなるか。

それにつけても、ますますジャックが好きになります。
バーチが愚弄されたといって、バーチに隠れて部下に指示を出すところなんかものすごく格好イイ。
ちょーシリーズも、よかったり~の魔女もいずれも脇役そっちのけで、主役がものすごくハッピーに終わってしまうので、ジャックにはぜひともに幸福になってもらいたいなあ。

ちなみに、この巻の終わりでリッツとジョゼフィーヌは「食事とお茶」をしていたはずなのに、後の巻ではなぜだか「お茶」だけしていたことに変更されている。
野梨原さんはけっこうあとがきで著者校正のことを取り上げているけれども、その割りにけっこう吃驚しちゃう間違いが多いので不思議なお方だ。

マルタ・サギーは探偵ですか? a collection of s.2 

マルタ・サギーは探偵ですか?(A collection of)
著者: 野梨原花南
出版社: 富士見書房
ページ数: 270p
発行年月: 2006年04月

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あらすじ
異世界の都市・オスタスで活躍中の“名探偵”マルタ・サギーと、その好敵手たる怪盗ドクトル・バーチ。二人に関わる人々の苦労は絶えない。マルタの助手兼名探偵事務所を取り仕切る、リッツ・スミス少年、曰く。「というか、探偵を名乗る前に人間としてもっとしっかりしろ、という感じがします。マルタの場合」バーチの執事兼運転手兼その他もろもろのゴブリンのジャック、曰く。「ドクトルは、詰が甘いところがあるんです。だから、あの盆暗探偵に関わると碌なことがない」それでも二人は、惹かれ合うように対決を繰り返し、異口同音にこう微笑むのだ。「だって、あの怪盗(もしくは探偵)は、なんとも―楽しいじゃないか?」“完璧な探偵にして全く探偵ではない”名探偵と、美学を貫く怪盗。そして、彼らを巡る人々の奇妙で優しい関係を綴る、短編集第2弾。

短編集の2.
長編では進みづらいエピソードと人物の心情をあらゆる角度から
切り取って見られるので良いですね。

■ 第一章:さよなら、私のマリアンナ
よくあとがきに「冷や飯に水をぶっ掛けて食べる」とか書いてらっしゃるクセに、野梨原さんの話にはよく美味しそうな食事のシーンが出てくる。
この話を読むと、芦屋とかのケーキ屋に出掛けてしまいたくなる。

■ 第二章:ドクトル・バーチに愛の手を
ジャックの出番が多いと特に喜んでしまうFan。
しかもエシ氏まで再登場で二度美味しい。
(緑色の体液を~のくだりでは、なんだかハリポタのスネイプ教授ご臨終のシーンを思い出してしまったけれども。)
しかしシロアリ駆除に有効なのはハッカ油とか青森ひばとか色々あるみたいなんですが、
もっぱら使用されているのは「毒物劇物取締法」指定の猛毒。
エシ氏以外の人間も大丈夫だったんか?と超細かいことを気にしてしまった。
エシ&リーサーは学生時代のライバルで~とかいう設定だったらますますハリポタみたいになっちゃうけども、可愛いな~好きだな~。
ジャックの冷静な突っ込みぶりが惚れ惚れする

■ 第三章:紅白珊瑚礁
「添乗員付きワクワク無人島ツアー」編。
それまで乙女な壊れっぷりが可愛いバーチが、一転して頼りになる知識満載男前。
というよりも、根が度外れに乙女なタイプゆえ、ふたりっきりになるほどにガードを固めてしまうため、進展のしようもあったもんじゃない。
マルタも後で「バーチが女? 気持ち悪い」とか言ってるし。(ひどい男だ)
なんかこのへんの関係が「キャッツ・アイ」を彷彿とさせるな~としみじみ思った。

■ 第四章:探偵捕わる。
ジャック格好イイ。
(それしかあんまり言うことないけどイイ話)
しかしけっこう何でも有りな名探偵のカード。
ひょっとしなくても、リッツ・スミスのアテンダントも名探偵のカードがあれば
あっさり解決してしまったりして? と思ってみたりして。

■ 第五章:ニセ探偵のセレナーデ
「恋でもしてらっしゃるの? 私に」
このくだりをもっと突っ込んで書いてほしかった。
冷静なそぶりで、ぜったいあとで動揺してしまったのだろうバーチ。
思わぬところで一歩踏み出すマルタのことは好きだな~。
(なにしろ18の男なんだもん。もっといろいろあってもいいだろう)
と思っていたら、思いがけなくマルタがマリアンナをデートに誘った。
真っ赤になるマリアンナ as バーチが可愛い。
ニセ探偵M as ノードラのキャラもけっこう好きかも。

野梨原さんの書かれる長編も好きだけど、短編はことさら勢いがあって読んでいて愉しい。
できれば「ジャックのなんでもない一日」とか読んでみたいな。

マルタ・サギーは探偵ですか?〈3〉 ニッポンのドクトル・バーチ  

マルタ・サギーは探偵ですか?(3)
著者: 野梨原花南
出版社: 富士見書房
ページ数: 206p
発行年月: 2006年08月

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あらすじ
そこは馴染み深い自分の家だった。日本の、蓑崎の―異世界・オスタスに飛ばされてから何度かは、帰りたいと思った気がする場所。オスタスでは少年探偵マルタ・サギーであり、日本では元男子高校生の鷺井丸太は、呆然と呟く。「っていうか、なんで戻ってるの?」「まあ、ともかく君。何か私に振る舞い給え」「…しかも、バーチまで一緒だし…」始まりは、探偵助手リッツが昏睡状態に陥ったことだった。謎のカード使いの仕業だとわかった時、マルタも好敵手たるドクトル・バーチと共に、カードの力の発動に巻き込まれ―気が付けば日本に戻っていた。ずっと、独りぼっちだった生まれ故郷に。謎のカード使いの目的は一体何なのか?オスタスでのことが嘘みたいな“元いた世界”を前に途方にくれるマルタに、バーチは悠然と微笑みかける。「どこに居たって“世界の謎”を解くのは名探偵の役割だろう?―おそれるな。自信を持て」“自分の居るべき世界”の意味に迫る、異世界ハイブリッド・ミステリー第3弾。

クレイの登場の仕方があざとい。
クレイはいずれ超ヤなやり方で、デアスミスを裏切るといい。
またマルタが「処女じゃない」とか気になるセリフを言ってますが、てっきり後々のシーンの伏線かと思っていたら、そうでもなかった。(まだ出てきてないだけか?)
吸血鬼の伯爵お父様、けっこう好き。

で、日本の蓑崎で買い物するバーチ。
クレジットカードで買い物するときのサインとかどうしてたんだろうか?
(暗証番号を教えたのか? 怪盗に?)
チョコレートサンデーを食べるデアスミス。
クレイの用意した紅茶とパンケーキを食べたことのあるデアスミス。
本編なんだけど、なんだか短編集みたいな内容が盛りだくさん。

それはともかく、後にマルタがリッツを迎えに行くシーンが印象的だった。
「僕を見捨てないでよ、リッツ」ってズルイよな~。
この時点でのマルタは、まだどこか自分本位で好きじゃないんだけど。
それよりカード委員会のやり方が容赦なくて気持ちが悪い。
(プレイヤーの記憶も消してしまったらいいのに。)

マルタ・サギーは探偵ですか?〈4〉 恋の季節  

マルタ・サギーは探偵ですか?(4)
著者: 野梨原花南
出版社: 富士見書房
ページ数: 205p
発行年月: 2006年12月

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あらすじ
『バーチの目的はドルーシア銀行の金塊。アラン・レイ高校からの侵入が考えられる』。始まりは匿名の投書だった。真偽を確かめるべく、助手のリッツと一緒にアラン・レイ高校へ潜入する名探偵マルタ・サギー。しかし、彼は悩んでいた。臨時講師の依頼を受けて高校に来ていたマリアンナ・ディルベルタさん。彼女が話す姿を見ていると、息も上手くできない。口から心臓飛び出しそうだし。「これ、恋なのかな?」一方、怪盗ドクトル・バーチの本来の姿であるマリアンナ・ディルベルタは、上機嫌だった。あの少年探偵は、どうやらマリアンナへの好意を自覚し始めたらしい。「いやだなぁ、ときめくじゃないか」。そして迎える“ドルーシア銀行襲撃予告”の日。恋を感じる2人の気持ちとは関係なく、“事件”は起こり、カード戦争の状況も変化する―。異世界ハイブリッド・ミストリー、恋の甘さと苦さを味わう第4弾。

「やっぱりデアスミスは弟のことが大好きだ」疑惑の深まる高校編。
ところで、このなかに出てくるアンさんとジャックの会話がものすごく好き。
いいなー、こーゆーシーンがもっと読みたいなー。

しかし、マルタがバーチにマリアンナについて相談をするシーン。
前巻の第七章で思いっきりマリアンナさんのことをふたりで話してるクセに、ここではいきなりマルタがバーチに「知り合いなの!?」っておいおい。ι
でも不安定なマルタをバーチが知らん顔して、言葉で恋の方向へ誘導していくのは、乙女っぷり全開って感じで好きー。

とにかく総じてテンポが良くて爽快で、読み応えのあった一冊。
ラストがまた清々しくて、こういう野梨原さんの話は本当に好きだなーと実感していたのもつかのま。

私はまだ一気読みしているからマシだったけれども、リアルタイムで追いかけていた読者さんにとっては、すっごい残酷な七ヶ月(次巻発行までの期間)だったのじゃないですか?


「そーくるか―――ッ?!」


思わず心臓が止まってしまったラスト。
(手が震えた)

マルタ・サギーは探偵ですか? (5) 探偵の堕天 

マルタ・サギーは探偵ですか?(5)
著者: 野梨原花南
出版社: 富士見書房
ページ数: 219p
発行年月: 2007年07月

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あらすじ
25歳の鷺井丸太は森川調査事務所で働いている。異世界・オスタスの名探偵マルタ・サギーが、生まれ故郷の蓑崎に強制送還され、ただの鷺井丸太に戻ってから―7年が経っていた。丸太は、もう一度オスタスへ行きたかった。だから手がかりを探して、調査事務所で働くことにしたのだ。でも、時間が経っても、何もつかめない。丸太は思う。オスタスに行く前より、蓑崎は嫌いじゃない。知り合いがいて、毎日の暮らしに困ることもなくて。だけど、僕の心は異世界に囚われたままだ。マリアンナさんがいる、あのオスタスに。そんな時、丸太の務める調査事務所に行方不明の妹・渚を捜して欲しいという依頼があった。渚―その名前を聞いて、丸太の心臓は強く脈打った。それは自分がカード戦争にエントリーした時、出会ったヤマンバコギャルと同じ名前だったから。この依頼は、オスタスへの手がかりの一端となりうるのか?鷺井丸太と世界の関係が再び変わり行く、ハイブリッド・ミステリー長編第5弾。

もうね、巻頭カラーの丸太が土下座しているシーンと、モノクロの心象風景だけでも頭の中がカーッと熱くなってしまった。
あんまりショックで書いてある文章が脳味噌で理解できない。
だから反則だとは思ったけど、ラストの展開を確認してから「ああ、そうか」と落ち着いて、それからようやく読み始めることができたくらい。
(後に前から順当に読み進むべきだったと反省したけれども)

ずっと野梨原さんの書かれるファンタジーが好きだったので、あえてそれ以外のジャンルには手を出していなかったんですが、やっぱり他のも全部読んでみようかなと思うほどに現代が舞台の話も面白いと思った。
森川さんのキャラクターが味があって好きだなー。
才谷さんに次第に懐いていく丸太の描写がすごく好き。

前々から思っていることなんだけれども、人がとてつもなく弱く疲れ果ててしまっていて、その人に接する周りの人の態度が、どうしてああもわざとらしくなく自然に書けるのかと不思議になってしまう。
あんまり辛くて、泣く元気も残ってないくらいに疲れてて、いっそのこと自分の殻の中に閉じ篭ってしまったほうが簡単なのに、そんな自分に接してくれる周りの人の存在がうれしくて、ごくごく素直にそのうれしい気持ちのままに心をほぐしてしまえる。
そうした一連の心理状態を読んでいるだけで、コッチのほうまで安心してしまって「なんかもー考えるのもかったるいンだけどー、でも羨ましいからがんばるかー」と安易に前向きに考えられるような気がしてしまうから好きなんですよね。
ああ、この人は本当にドン底まで自分を追い込んだことがある人だー、と意味もなく確信してしまえるので、無いものねだりの羨望から勇気を手に入れられてしまうのです。

そうした周りの人の存在で、否応なく着実に成長を遂げていった丸太。
きっとこの物語は丸太の成長を追うストーリーなんだろうと思っていたけれども、まさかにもこういう形で丸太に成長を迫られるとは思っていなかった。
(最後に夢オチで迎えるバッド・エンディングだけは嫌だなーと怖れていたけれども。ある意味それよりずっとこの展開のほうが残酷だった。)

意識的な成長と引き換えに、最終的に無いものにされてしまった物理的な七年間。
本文中には出てこないけれども、オスタスの人々にとっての七年間も奪われてしまったわけで。
相変わらずマルタは自己中でけっこう嫌なヤツなんだけれども、今の彼の利己に対する率直さには「言いわけ」が含まれていないせいか、以前よりも格段に好きになってしまっていた。
できれば森川さんや才谷さんと共に過ごす一生も見てみたかった気がするけれども。
なんだか次巻が最終巻でも納得できてしまいそうな勢いです。
ものっそい久しぶりに、読んでいる最中息を止めてしまうような話を読みました。
(心臓に悪かったけれども、面白かったー。)

ちなみに、短編集の2、ニッポンのドクトル・バーチ、恋の季節と4ヶ月に1冊のペースで刊行されていますが、この巻が出るまで7ヶ月。
次の巻がいったいいつ頃出るのかさっぱりわかりませんが、ものっそい次の巻を読むのが待ち遠しいです。

僕に捧げる革命論 

僕に捧げる革命論
著者: 野梨原花南
出版社: 集英社
ページ数: 197p
発行年月: 2007年11月

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界を渡る旅をする魔王サルドニュクスと魔法使いスマート。旅の途中、スマートは別の魔王に、所有の紋章をつけられてしまった!紋章を外すため、その魔王のいる世界へ行こうとするサルドニュクス。しかしスマートが拒み、ふたりはケンカをしてしまう!ちょうどその時、サルドニュクスは召喚され、別の世界へ渡る。呼び出したのはミジャンという名の若い女性召喚術師。発電の儀式のためだというが…。
前作「マルタ・サギーは探偵ですか? (5)探偵の堕天」が7月の発売だったので、
4ヶ月ぶりの新刊です。
そんなわけで、けっこうワクワクして待っていたんですが。
感想は、かなり微妙です。
【うれしかった点】
  • サルドニュクスが起きていた。
  • 女体化していた。
  • ものすごく格好良くなっていた。
  • 笑っていた。
  • 怒っていた。
  • タロットワークの時代のように容赦なく人を捌いていた。
  • 要するに、サルドニュクスが結構活躍していた。

【イマイチだった点】
  • スマートが寝ていた。
  • 野梨原さんいわく「今まで書いてきた中で一番変態キャラ」だそうな新キャラが、
    イマイチそうでもなかった。
  • サルドニュクス VS スマートの魔力対決が、あおりになってるわりには消化不良。
  • 等等...
この新しい「魔王」シリーズの新キャラがイマイチ個性がないように感じてしまうから
余計にそうなのかもしれないけど(変態というならば、「ちょー美女と野獣」の中のアラン王子のほうがよっぽど変態だった)、なんだか3冊共にすっきりしない読感です。
魔力対決も「ちょー魔王」のなかであったタロットワークとスマートが合同でバロックヒートを召喚したところのほうが迫力があったし。
なにより3冊共にクライマックスの結末が尻切れ状態でその後のシーンに移っているので、妙な感じに読んでるコッチが追いついていけないのだな。
(ミジャンが「革命家」になったくだりは、もうすこし詳しく何をしてどうなったかを書いてほしかった。あれじゃァ彼女がどうしてあそこまで疲弊していたのか全然わからない。)
別に毎回新キャラを出さなくても、サルドニュクスをある状況に追い込んで、そこにスマートが絡んでいってくれたら、それだけでも充分面白くなると思うのに~。

でも、久しぶりにジエールとか、旧キャラを彷彿とさせる名称が登場したところはうれしかった。
あと、最後にサルドニュクスはほぼ魔力を失ってしまうんですが、その状態を微妙に喜んでいる姿がね、なぜだか妙に嬉しかった。
(やっぱり彼が魔王になってしまった経緯には、犠牲的精神を感じてしまうからなァ~)

でも本音を言えば、一番読みたいのはアラン王子とオパールの後日談だったりするので、できればチラ見せでもいいから、書いてくれたらうれしいです。

水彩画のような血 

水彩画のような血水彩画のような血
(1994/03)
フランソワーズ サガン

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映画監督のコンスタンチンはハリウッドで人気と栄誉を博していたが、一本の映画の失敗により名誉も財産も無くしてしまう。
絶望してしまった彼は、第二次大戦戦時下のナチ占領下のフランスに居場所を移した。
彼の作品のファンであるナチスの高官ゲッペルスの後ろ盾により、何不自由なく南仏プロヴァンスで撮影に熱中していた。
しかし、彼を捨てて去った妻のワンダと合流し、また彼の匿い子であり、愛人でもあるジプシーの青年ロマーノが彼の人生に複雑な影響を及ぼしていくのであったが……。


大好きなサガンのレビュー一冊目が、
こんなローテンションになってしまうとは大誤算。
しかしどうにもこの本は、私にはからっきし駄目でした。

まず、面白いと思い始めるまでに130ページも要してしまった。
けれども、途中すぐに中だるみ、コンスタンチンの妻であり、有名女優でもあるワンダが登場する160ページ過ぎでようやく盛り上がり、それでも身長:195センチ、体重:85kgの巨漢とも言えるコンスタンチンが終始ウジウジ女々しくて、そのくせ第二次大戦下のフランスで、すぐ隣の村ではユダヤ人が虐殺されているような場所で、暢気に(たいていは傲慢に)特にありがたみを感じることもなく漠然と映画を撮り続けている姿が許せない。
この小説を読み始めて、実際に第二次大戦時のフランスで撮影された「天井桟敷の人々」をすぐに彷彿としましたが、結局はあの映画ですら、ユダヤ人が大量に虐殺されていたのと同じ地続きの欧州で、それ以外の民族が愉しむための娯楽作品を撮影していたのかと思ったら、なんだか本気で吐き気がしてしまいました。
(映画の内容自体はものすごく大好きなんですが…。でも改めて客観的に考えてみると、やっぱり人道的におかしいことだし、許せない)

しかも、この小説はさらにもっと救いようがなく。
おそらく核兵器を発明したと思われる博士を匿って、イギリスの諜報部員であったワンダはフランスから出国するが、ワンダとコンスタンチンを逃がすために身を挺して時間稼ぎをしていたロマーノは、肩を砕かれ、背骨を砕かれ、二目と見られない状態までナチの将校に拷問を受けていた。
そこにロマーノを迎えに来たコンスタンチン。
その直前にナチスによる最寄の村の虐殺を目の当たりにしていたコンスタンチンは、今後の人生に絶望しか抱いていなかった。
迷いなく隠し持っていた拳銃でロマーノを射殺すると、その銃でみずからも自殺する。

サガンの幼少時代実際にフランスで目にしたらしいナチスドイツの暴行。
それを、サガンの美しい文章で目にすることが許せないのか、たったの一行も、ひとつの単語も救いが用意されていないから読後に激しく嫌悪感に絡め取られしまうのか、自分でも判断できないくらいに、ここまで読後に気分の悪くなってしまえる本を読んだのは初めての体験でありました。
いや、すこしだけ遠藤周作さんの「沈黙」や「海と毒薬」を読んだときの気分と似ているか。

現実世界にはもっともっと不条理で、許せない事実が蔓延しているのは知っているけれども、せめて最後に一筋だけでも救いの場所がほしかった。
結局サガンは何を一番描きたかったのか?
大戦中には、この本の中で描かれているような裏切りが、当たり前のように存在していたことを後世に残しておきたかったのか?
それともナチスドイツの悪事の暴露?
(その割には、そうしたシーンは数%の割合でしか出てこない)
地続きの場所で凄惨な戦争をしていながら、一方フランスの地方では戦争の存在などすっかり忘れ去られていたことの問題提言?
ただ単に「戦争は悪だ」と訴えたいだけなら、もっとずっとシンプルに「別のやり方だってあるだろう!!」と、読んでいてひたすらに疲れてしまう本でした。

エマ 

エマ改版
著者: ジェーン・オースティン(阿部知二 )
出版社: 中央公論新社
ページ数: 749p
発行年月: 2006年02月

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あらすじ
エマ・ウッドハウスは美しく、機知に富む女性である。母が亡くなり姉が結婚して家を出て行った後、父と2人で暮らしている。
ウッドハウス家の家庭教師を16年務めたアナ・テーラーは、ウェストンに嫁いだ。ウェストン氏にテーラーを紹介したのはエマで、自らが恋の仲介役であることを知る。するとエマは、友人であるハリエット・スミスを牧師のエルトンと結び付けようとするが、エルトンが結婚しようとしているのが自分だと知り、この計画は失敗する。
ウェストンの前妻との子であるフランク・チャーチル、ウッドハウス家の隣人ベイツの姪であるジェーン・フェアファクスが登場する。チャーチルには好感を持ったエマだったが、ジェーンとは馬が合わない。エマは、今度はチャーチルとハリエットをくっつけようとするが、エマがベイツを侮辱してしまったためにナイトリーにたしなめられ、自らの欠点を認識する。
ハリエットは当初エマによって結婚を拒絶したロバート・マーティンと結ばれ、エマはナイトリーと結婚する。
ウィキペディア:「エマ」より
ジェーン・オースティン三大名作のうちのひとつ。
しかし(世間一般でよく言われているように)本当にエマが高慢と偏見の固まりで、彼女に比べたら「高慢と偏見」のダーシーもエリザベスも粛々として万事控え目なくらい。
そのうえ思い込みが激しくて、他者から振る舞いに関して意見されても、「わたくしが立派な人間だからこそ理解できるのよ。(=わからない方が愚かで惨めな人間)」だと大いばりで決め付けてしまう。
さすが作者が「(書いた)私ぐらいしか好きになれない主人公」と断言していたとおり、本当に全体の2/3くらいまでムッカムカきどおしなんですが、彼女の一家言の師でもあるナイトリー氏が器が大きく、格好良く、そのうえ「なんでエマに惚れるの?」と地団太を踏んでしまうくらいにエマ一人にメロメロ惚れ切っておられるので、特に終盤はナイトリー氏のけなげな恋愛模様が見所です。
でも「こんな女ッ大ッッ嫌いだ~~~ッ!!」と拳を握り締めながらでも、やっぱり途中で読むのを止められないジェーン・オースティンの魔の筆力。
また1年後くらいに(機嫌の良いときに)最初から読み返したい気もしますが、ナイトリー氏が主人公の話とかあったら是非とも読んでみたいです。
(ある意味ダーシー氏よりも好きなタイプかもしれない…。)

マンスフィールド・パーク 

マンスフィールド・パーク (中公文庫)マンスフィールド・パーク (中公文庫)
(2005/11)
ジェイン オースティン

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あらすじ
貧しさゆえに蔑まれながら生きてきた少女が、幸せな結婚をつかむまでの物語。優しさと機知に富む一方で、鋭い人間観察眼によって容赦なく俗物を描く、英国が誇る十九世紀初頭の女性作家、後期を代表する作品。
ジェーン・オースティン三大名作のうちのひとつ。

私的好きな順位は、
1.マンスフィールド・パーク
2.高慢と偏見
3.エマ
てな感じでしょうか。

ジェーン・オースティンにはお馴染みの「一度読み始めたら、トイレ以外は立つ気になれない」状態が最初から最後の1ページまで継続し通しで。気がついた時には丸一日何も食べずに、わずかな仮眠だけで読んでしまいました。
(んでもって、読後すぐは幸福すぎてしばらく食べる気にも、寝る気にもなれなかったと言う…。)

主人公のファニー・プライスが幼少時代から想いを傾け続けるエドマンドとの恋愛模様だけだったなら、きっともうすこし退屈だったんでしょうが(だってエドマンドの優柔不断っぷりには腹が立つこと請け合いなんですもの。)全体の半数以上を占めるヘンリ・クローフォドとの恋愛模様がとにかく激しくスリリング。
あの手この手と繰り出されてくる彼の巧みな想いの攻撃に、どこで陥落されてしまうかで読者の恋愛レベルが計れてしまう様な気がします。
(むしろ私はエドマンドがけっこう嫌いなほうだったので、終盤近くでは「どうして断るの?!」とジタバタ暴れたくなってしまった。)
しかしどの時点であれ、彼の想いを受け入れてしまったら最後、大なり小なり不幸な結末は目に見えているような気がするので、最後までそれを拒み通したファニー・プライスの眼力には敬服至極。
(でもメアリ・クローフォドからの最後の手紙がなかったらどうなんだろう?)
またノリス伯母様を筆頭に脇役にも種々の魅力が満載で、本当に読み応えのある一冊でありました。
けれども、スリリングな読後感だけあって、やっぱり何度読み返しても面白いのは「高慢と偏見」かなァ~?

劇場 

劇場22刷改版
著者: ウィリアム・サマセット・モーム(竜口直太郎)
出版社: 新潮社
ページ数: 474p
発行年月: 2006年12月

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あらすじ
天性の才能を駆使し、堂々たる舞台女優となった46歳のジュリア。彼女は、美男俳優で劇場経営者でもある夫や、20年来プラトニック・ラブを捧げ続ける貴族に囲まれていたが、たまたま劇場の経理を担当した23歳の青年トムに夢中になる。そして、トムの心が新人女優に傾いたのを知ったときジュリアは…。人生と芝居が妖しく交錯する巧みなストーリー・テリング、モーム円熟期の傑作長編。
映画を見てから小説のほうを読みました。
内容的には映画のほうが面白かったかな?
とくにラストらへんのまとめ方が映画のほうが爽快で、モームの作品ならではこそ期待してしまうオチのヒネリがイマイチ味わえないのですよね。
しかし、映画ではイマイチわかりづらかった主人公のジューリア以外の心情が愉しめたので、映画とセットで実に面白かった一冊でありました。

ハワーズ・エンド 

ハワーズ・エンド ハワーズ・エンド
著者: エドワード・モーガン・フォースター
出版社: 集英社
ページ数: 379p
発行年月: 1992年05月

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あらすじ
郊外の邸宅ハワーズ・エンドを舞台に描かれるドラマ。
知的でしっかり者の姉マーガレット。情熱家で美貌の妹ヘレン。ロンドン郊外、ハワーズ・エンドに建つ富豪の邸に招かれた姉妹の前に、運命の扉が開く。複雑な人間関係に中、傷つきながらも成長していく女たち。
「眺めのいい部屋」や「モーリス」でも有名なE.M.フォースター。
実はモームの「劇場」とセットになっていた作品で、(映画以外の)E.M.フォースターの小説はこれが初めてだったんですが、もう、本当に、「この世にこれほど退屈な小説が存在するのか!」と2/3まではうんざり退屈しておりました。
が、残りの1/3で「やはり名作!!」と納得させられてしまった次第。

各キャラクターの心情風景をとても懇切丁寧にしつこく詳しく描いてあるので、次第にそのまどろっこしさが鼻についてくるのですが、それがあるからか、キャラクターの心理の移り変わりがわかりやすくもあるのですよね。
主要な登場人物が中流階級の人間で、この作品でも「エマ」に共通した階級差別意識が目立ってしようがないんですが、最終的にはそんな垣根はぶっとばして、繰り広げられるヒューマンドラマにしんみり感動できてしまう。
そして文章の組み立て方の絶妙さが名作たる所以なのだろうと思います。
(物語の展開の激しさ(それでいてスマートさ)には、今まで読んだことがない流麗さを感じました。話の展開を追いかけている最中にも、あんまり文章が美しいものだから、その行だけ何度も何度も読み返してみたりして。)
とにかくラストの20ぺーじくらいが大好きで、思い出すたびにそこだけ何度も読み返してしまいます。
読む機会に恵まれて幸せだった一冊でありました。
ほんっっとうに、前半は退屈すること請け合いなんですが、機会があれば是非とも読んでみてくださいませ。

人間の絆 

人間の絆(上)
著者:サマセット・モーム
発行:岩波文庫(2001/10)

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あらすじ
モームの傑作として広く認められているこの作品は、幼い時分に親を失い叔父に育てられた彼自身の自伝的な教養小説である。モームの"どもり"は、主人公フィリップの足の障害(内反尖足)に置き換えられている。話は主人公のドイツ、フランスへの旅行、そして知性と感性を磨く場となったロンドンを舞台にして展開してゆく。
とにかく長い!
のに、読み始めたら止められない止まらない。

作者ウィリアム・サマセット・モームの半自伝小説なんですが、主人公であるフィリップは彼の作品中によく出てくるような知識階級(ハイブラウ)のインテリ。
しかしその彼がいざ恋をしたとたんに、吐き気がこみ上げてくるような精神的ストーカー(或いは自虐癖のある偏執狂)へと一変する。
恋の相手のミルドレットは大した悪女でどうしようもない女なんですが、フィリップのような執着体質に惚れられたのじゃなかったら、そんなに彼女も悪くはないと思えてしまう。
でも、他人の人生だから(あまりに冷静にまざまざと見せ付けられてしまうために)気持ち悪くもなってしまうわけですが、それだけリアルに徹底して人間心理を描き出してあるのだと思います。
恋をするなりフィリップはそれまで大切にしていた人々の気持ちすら平気で踏みにじってしまうわけですが、本気で恋に現を抜かしている間って、誰だって彼のように自分勝手な言動に終始してしまうと思いますもん。

ラストは批評でよく言われているように(モームの作品にしては)ちょいとツメが甘いような気もしますが、とにかく女性の描かれ方が絶品です。
んで、すこし面白かったのが、以前にモームが世界十大作家(だっけ?)に挙げているジェーン・オースティン。
その作品とも共通のファニー・プライスとミセス・ベネットの扱われ方があまりに皮肉で痛烈で苦笑してしまった。
(モームにはそんな含みは考えてなかった……なんてことはないと思ってしまうのですが…どうでしょう?)

(写真がなかったので、上巻だけ冒頭に載せてありますが、私が読んだのは全集だったので、)総勢26文字×23行×2段組で682ページもあるんですが、また折を見て最初から読み返したいと思ってしまうほどに面白い一冊でありました。

月と六ペンス 

月と六ペンス
著者:サマセット・モーム(行方昭夫)
発行:岩波文庫(2005/07)

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あらすじ
作家である私は、ストリックランド夫人のパーティーに招かれたことからチャールズ・ストリックランドと知り合う。ストリックランドはイギリスの証券会社で働いていたが、ある日突然家族を残して消えてしまう。私は夫人に頼まれ、ストリックランドがいるというパリへ向う。私がストリックランドのもとへ向かうと、駆け落ちしたといわれてた女性の姿はなく、一人で貧しい生活を送っていた。話を聞くと絵を描くために生活を捨てたという。私は彼を批判するが、彼はそれをものともしない。夫人は私からそのことを聞くと悲しんだが、やがてタイピストの仕事を始めて自立していった。

それから5年後、私はパリで暮らしていた。以前にローマで知り合った三流画家のダーク・ストルーヴのもとを訪れ、彼がストリックランドの才能に惚れ込んでいることを知る。ストルーヴに連れられストリックランドと再会するが、彼は相変らず貧しい暮らしをしていた。それから私は何度かストリックランドと会ったが、その後絶縁状態になっていた。クリスマスを前にしたある日、ストルーヴとともにストリックランドのアトリエを訪れると、彼は重病を患っていた。ストルーヴが彼を自分の家に引き取ろうとすると、妻のブランチは強く反対した。夫に説得されてストリックランドの看病をするうちにブランチは彼に好意を寄せるようになり、ついには夫を棄ててストリックランドに付き添うが、愛情を受け入れてもらえなかったために服毒自殺してしまう。妻の死を知ったストルーヴは、ストリックランドへの敬意を失うことなく、故郷のオランダへと帰って行った。私はストリックランドに会って彼を再び批判した。その後私が彼と再会することはなかった。

ストリックランドの死後、私は別の用事でタヒチを訪れていた。そこで彼と一緒に仕事をしていたというニコルズ船長に出会い、彼が船乗りの仕事をしていた時のことを聞く。貿易商のコーエンはストリックランドを自分の農場で働かせていたことを話す。宿屋のティアレは彼にアタという妻を斡旋したことを話した。彼の家に泊まったことのあるブリュノ船長は、ストリックランドの家の様子を話した。医師のクートラはストリックランドがハンセン病に感染した晩年のことを語り、彼の遺作は遺言によって燃やされたとしている。私はクートラ医師の所有するストリックランドの果物絵を見て恐ろしさを感じていた。

ロンドンに帰った私は彼がどのような生涯を過ごしたのかを伝えようとストリックランド夫人に再会する。タヒチでのストリックランドのことを話し終えた私の頭には、彼がアタとの間に儲けた息子が、大海原で船を操っている姿が浮かんでいた。
ウィキペディア「月と六ペンス」より
以前に一度読んだはずなんですが、内容を思い出せなかったので再読。
「人間の鎖」を読んだ直後だっただけに余計に愉しめました。
(内容的な共通点はないのですが、登場人物の設定が似ているかな? (ヘイウォード≒ディルク・ストルーフェとか)

ゴーギャンの一生に暗示を受けて書かれた一作なんですが、モデルにして描かれたストリクランドがあまりに強烈な個性の持ち主だけに、むしろ読後はゴーギャンの一生を調べてしまいたくなってしまいます。
(ゴッホとの関連もあり、以前から興味があるのですよね)
加えて、文中に大量の作家や画家の名前が出てくるのですが、逐一それがどんな作品を意味するのか調べ尽くしてしまいたい。それがわかって初めて描かれている世界が理解できるように思えます。(それがわからなくても充分に面白い作品なんですが)

ストリクランドは本当に自分勝手で最低の男なんだけれども(本当にモームはこういう人間を書くのが上手い)、彼がもしも人生の初めからタヒチで生活を始めていたら、果てしなく幸福な一生を送れただろうに…と思うだに、描かれている彼の生涯全般が切ない限りであります。

あと「高慢と偏見」を読んで以来ずっと18~19世紀初頭の女性の立場の描かれ方に疑問と憤懣を抱えていたわけですが、この本を読んでなんとなく「そういうものなのか」と素直に納得できてしまいました。
(どうしてこんなに女性心理まで巧みに描ききってしまうのだろうか? 不思議。)

なんとなく、真夏の沖縄の木陰とか、天気の良い森林公園で、ゆっくりくつろぎながら読み返したい一冊ですね。
(できれば今度は中野好夫さんの訳で読んでみたいなァ~)