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キス色百景 SCENE.002 『比類のない経験』 

2,000文字程度で、キスに関するシチュエーションを集めてみたいな短編集。

に、2,000文字? てな文章量になってしまいましたが、

良かったらどうぞ~♪
(*´ェ`*)


携帯やmacな方はコチラから。

それ以外の方は、下からどうぞ。



キス色百景
* SCENE.002 : 比類のない経験 *



 まるでうなじの辺りにピタリと吸い付いて離れないヒルのようだな…と、自分でわかっていながらも、そこに吸い寄せられてしまった視線が離すに離せない。

 天井が破れたのかと思うような激しい通り雨。
 一瞬でシャツの下の素肌まで濡れてしまうのを感じたが、6月に降る驟雨は生ぬるく、あんまり触れられて好ましい感覚ではない。
 同じように感じている、ご同類の数は若干数名。
 今さっきまで通りの中央を歩いていた各人が、蜘蛛の子を散らしたように、最寄りの店の軒下に小走りで駆け込んでいる。
 呆けたような表情で天を見上げる濡れ鼠の行列に参加するのは大いに不満だったが、だからといって、このままパンツまで濡れてしまうほうが気持ち悪かったので、ルルーシュは仕方なく歩みを進めると、数メートル先にある古本屋の軒先を借りることにした。
 大通りから少し離れているせいか、間口の狭いその空間に先客の姿はなかった。
 退屈しのぎに本をめくってみるのも良いと思ったが、店先に並べられている廉価本のショーケースには、既に雨避けのビニルカバーが厳重に掛けられており、ガラスのドアに仕切られている店内からは、初老の男が「入ってくるなよ」と眼光鋭く睨みを利かせて、迷惑な客の侵入を阻んでいる。
 たしかに今の自分の姿を見下ろすと、数万円はする稀少本でも購入しない限り、商売的に割に合わない気分にもなるだろう。
 どうやら店主のおかげで先客が寄り付かなかったのだな――とようやく理解したルルーシュは、仕方なく溜息をかみ殺すと、恨めしい気分で降り止まない雨の空を見上げた。
 さっきまで肌の上でバチバチと跳ね返っていた大きな雨粒は、既に通りの向こう側を見渡すのが難しいぐらいに、ぶ厚く密度を増している。
 濡れるのは承知で、30メートルほど走れば地下鉄の入り口はすぐ目の前だ。
 その隣には、コンビニエンス・ストアが軒を連ねている。
 出先でビニル傘を購入するのは正直言ってあんまり趣味に合わなかったが、贅沢を言っている場合ではないかもなと少しばかり悩み始めていると、たった今コンビニの中に飛び込んで行ったばかりの客が、そのまま何も買わずに濡れ鼠のまま走り去っていく姿が目に映った。
 どうやら皆、考えることは同じようで、適当な雨具が売れ切れてしまったのだろう。
 そうなると必然的に、ここはひとまず古本屋の店主には、目を瞑ってもらうしかないわけで。
 痛いほどの視線を背中に感じながら、ルルーシュは気だるく前髪をかき上げた。
 ――そのときだった。

「くしゅんっ!」

 予測のしなかった場所から、ずいぶんと可愛らしいクシャミが聞こえてきたものだから驚いた。
 てっきり軒下の住人は、自分ひとりだとばかり思って、油断していたのだから尚更だ。
 失礼の無いように、横目で視線の先だけを動かすと、どうやら相手は年若い少女のようだった。
 不思議な髪の色だった。
 芽吹いたばかりの若葉の新緑。
 水分を吸っていることで、何だか余計に活き活きと輝いているようにも見えてしまう髪の束が、惜しげもなく露出している白磁の肌に這う蔓草のように、肩口から指先までぺったり重く張り付いている。
「……何か?」
 注意していたつもりだが、いつしか視線を奪われていたのだろう。
 さすがに胡乱な視線に気づいてしまった少女が、横目でいぶかしそうな視線を向けてきた。
 が、それもつかの間。
 連続して、くしゃん、くしゃんと大きなクシャミが。
 上に着ているのは、身体にぴったりしたサイズの白のTシャツ。
 下は同じく白のミニスカートだ。
 下着も白。――服の上からでも、安易にそれがわかってしまう程度には、頭の先から爪先まで全身濡れ鼠状態だった。
 これでは、そう遠くない将来、確実に風邪を引いてしまうことだろう。
 ルルーシュは、ごそりとジャケットの内ポケットを探ると、辛うじて乾いている木綿のハンカチを彼女の前に差し出した。
「よろしかったら、どうぞ」
「いや、私は」
「どうぞ。こんなものでも、無いよりマシでしょう?」
 言うより先に本当は、濡れそぼっている少女の肌を、自分の手で丁寧に拭ってしまいたい欲求に焦れていたのだが、いくらルルーシュが根っからの世話焼きタイプであるとはいえ、初対面の相手に、そんなことをしてしまったのでは、まるきり変質者のようだった。
 しばらくして、少女は好意を受けることにしたのだろう。
 クスリと苦笑まじりに、ルルーシュの手の中からハンカチを受け取った。
「――…世話焼き気質は、やっぱりデフォルトだったか」
「は?」
「いや、なんでもない」
 呟きの大半は耳に届かなかったが、それでもルルーシュは思わずドキリとした。
 少女が首の片側を露出して、胸元に寄せ集めた髪の雫をハンカチで拭っていたせいだ。
 まるでうなじの辺りにピタリと吸い付いて離れないヒルのようだな…と、自分でわかっていながらも、そこに吸い寄せられてしまった視線が離すに離せない。
 ルルーシュは、くらりと眩暈する感覚を覚えながら、ずいぶん気まずい気分で視線を外した。

 ――なんだ、これは?

 少女が身じろぐたびに、ぺたり、ぱたりと髪の束が肌の上に吸い付く音が聞こえてくる。
 それが、わずかな衣擦れの音とあいまって、ただ単に濡れた肌を拭っているだけのはずなのに、なんだかとてつもなく隠微な現場に立ち会っているような錯覚にさえ陥った。

 ――何を意識してるんだ、俺は……。

 ルルーシュは、さっきまでとは少々違った恨めしさで、降り止まない雨を見上げる。
「学生か?」
 意識を逸らすことに集中していたものだから、少女が訊ねていることに、しばらく気がつかなかった。
 というよりも、少女の人形的な雰囲気に、その物言いがあまりに似つかわしくなく感じたせいも多分にあるかもしれない。
 ルルーシュが何の反応も示さずに居るものだから、焦れたらしい少女は肩口をコツリとぶつけてきた。
「――なっ、何だ?」
「学生か? と聞いているんだ」
 言いながら、少女が返してきたハンカチを受け取る。
 ハンカチは、少女の体温を吸って、妙な具合にリアルに温もりを帯びていた。
 動揺している内心を悟られぬように、そそくさと内ポケットの奥にしまい込む。
 興味深げに見上げてくる、少女の金の瞳。
 そんなふうにして、誰かを見上げることに慣れている仕草に、『付き合っている奴がいるんだな』とルルーシュはつまらない気分で考えた。
 まァ、もっとも、一見の相手に過ぎない自分には関係の無い話だが。
「高等部の二年だ」
「なるほど。ここらで言うと、アッシュフォードかな?」
「詳しいな。ひょっとして、ご学友か?」
 少なくともルルーシュのデータバンクには入って無い顔だったが、転校生なら良いのにと何となく思った。
 だが、少女は「いや?」と悪戯な微笑を浮かべて微笑む。
「いくつに見えているのか知らないが、おまえのところの校長よりも年上だぞ?」
 歌うような言い回しで、少女は愉しげに「――坊や」と語尾に付け加えた。
 見た感じにそぐわない雰囲気を纏っているのは事実だったが、どう見ても、自分より年下にしか見えない相手に「坊や」呼ばわりされて、ルルーシュは思い切り眉間に皺を刻んだ。
「フン、笑えない冗談だな」
「そんなことを言われてもな、大いに本気だ。笑われても困る」
「それはまた随分と、若作りなことだな」
「というよりも、いろいろ特別製でな。時間という呪いの檻の中に囚われている魔女なのさ」
「魔女ねぇ」
 突拍子も無い会話だなと頭の片隅では思っていた。
 だが不思議なことに、彼女との会話は悪い気がしない。
 悪い気がしないどころか、むしろ、変なぐあいに――懐かしい?
 そんな馬鹿な。
 有り得ない。
 どう考えても、彼女とは初対面のはず――だった。
「……以前に、どこかで会ったことがあるか?」
 けれども、拭いようの無い既視感。
 それが気持ち悪くて問いかけると、少女は少し驚いたような表情で金の瞳を見開いた。
「――いいや? 初対面だが。というよりも、ナンパか? ずいぶんベタなセリフだな」
「馬鹿か、おまえは。……単に、誰かと似ているような気がしただけだ」
「おーおー、初対面の女を相手に『おまえ』呼ばわりか? えらそうなところも、デフォ――くしゅんっ!」
 憎まれ口を叩いている最中にも、連続してくしゅん、くしゅんと派手に続けてくれるので、他人事ながらにルルーシュもオロリと慌てた。
「おい、平気か?」
「ああ、だいじょっ――ッふえっ、ふえっ、くしゅんっ、くしゅんっ! ――…あああ~、済まない、ティッシュ持ってないか?」
 百年の恋も冷めるような地声で言われて。
 ルルーシュは憮然と顔を顰めながらポケットティッシュを差し出して、着ていたジャケットを無言で少女の肩に着せ掛けた。
 遠慮なく鼻をぶーぶー鳴らしてかんでいた少女は、一息ついたところで、ようやくジャケットの存在に気がついた。
「あ、ああ、済まないな」
「いや、別に」
 表面には撥水加工を施してあるのだが、それが追いつかないくらい、うっすら湿っていた。
 だが、裏地に染みるほど濡れそぼってなかったので、一枚でも無いよりマシだろう。
 それより、困ってしまうのは、降り止まない雨。
 だが、よくよく眺めてみれば、確実に雨雲の切れ間が見え隠れし始めている。
 どこか途方に暮れたような表情で、ルルーシュはぽつりと呟いた。
「……時間は?」
「は?」
「いや。……その、良ければ、……お茶でも、と思ってな」
 自分でも、いきなり初対面の相手に、何を口走っているのかと驚いた。
 今さっき、自分の口で否定したはずなのに、これではどう考えてもナンパではないか。
 人生初の経験に、ルルーシュは顔に出さずに随分動揺していたのだが、隣の少女も、随分と驚いている様子で。唖然としている顔つきで、金の瞳を真ん丸に見開いて見せている。
 そのまま何も言わずに、しばらくじっと凝視され。
 さすがに居心地悪くなってしまったルルーシュは、意味もなくゴホンと咳払いした。
「……なに?」
「は? ……あ、ああ、いや別に、何でもない。ちょっと意外でな、驚いていただけだ」
 ああ、驚いた。――と、しみじみ口調で淡々と呟く少女の目元は、ほんのり赤く染まっていて。
 やっぱり、この女、可愛いなとルルーシュは思った。
 見た目の問題よりも、内側から匂い立つような雰囲気が。
 なんだか無性に、世話を焼きたくなるタイプだった。

 ――俺の好みとは、本来、正反対のはずなんだがな…。

 疑問に思いながら、遠慮なく少女の横顔を見つめ続ける。
 少女は、ルルーシュの視線を意識しながら平静を装い続けていたのだが、しばらくして小さな声で「あ」と呟いた。
「――止んだぞ」
「え?」
「雨」
 言われて、思わず天を見上げていた。
「……そうだな」
 止んで、しまった。
 せっかくの愉しみを、邪魔されてしまったような気分だった。
「ちょいと、失礼しますよ」
 まさしくそれを助長するように、店の奥からダミ声の店主が出てきて、そっけなく雨避けのビニルカバーを外すと、そそくさと店の奥に戻って行った。
 そのまま古本屋の軒先に居座り続ける口実も無くなってしまったので、ルルーシュはチラリと横目で少女の顔を流し見た。
「――で、どうする?」
 らしくない。
 早鐘を打ち始める、心臓の音。
 普段の自分なら、相手が断れないようにもっと先回りして、いくらでも言葉を弄してしまえるはずだった。
 この少女に対しても、別段それが不可能ではないのだが、何となく口先だけの甘言で、強引に彼女の意思を左右するのではなく、素の自分で勝負したいような心境だったのだ。
 ますますもって、こんな自分は、らしくない。
 内心で怪訝げに顔を顰めるルルーシュの隣で、少女は伏し目がちに「うーん」と胡乱に呟きながら、先に貸していたジャケットを返してきた。
「ありがとう、助かった」
「いや、別に。これくらい」
 そのまま「じゃァな」ときびすを返してしまいそうな雰囲気だった。
 だからルルーシュは、視線を外すことなく、それを腕に掛けたまま、少女の返事を待った。
 しばらく返事を渋っていた少女は、一瞬、伏し目がちに視線を落としてフッと小さく笑ったが、瞳の奥には困っているような、単純に状況を持て余しているだけのような、得体の知れない感情を浮かべていた。
「――わかったよ。じゃァ、こうしよう。私はピザが好物なんだ。ピザの美味しい店に連れて行ってくれるなら付き合ってやっても構わない」
 一瞬、断られる心配をしていただけに、ホッとしたルルーシュは、意識せず素直に嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、それならちょうど良い店を知っている。――しかし、なァ。そのままの格好では風邪を引くだろう? 良かったら先に、ジーンズショップに付き合わないか?」
 少女は露骨に驚いている顔つきで、両目をパチクリと見開いた。
「なんだ、ひょっとして、服まで奢ってくれるつもりか?」
「いけないか? お互い、入店を拒まれそうな格好をしているからな」
 我ながら、言い訳がましいセリフだなと感じたが、本心では、下着の線まで透けているような色っぽい姿のまま、少女を公衆の面前に晒したくないだけだった。
 一瞬、黙り込んでしまった少女は、まっすぐにルルーシュの瞳を見つめながら訊ね返した。
「要するに、そうまでして、この私と、一緒にお茶をしたいのか?」
「ん? ……まあ、そういうことになるのかな」
 たとえ事実でも、無粋な念を押されてしまうと、気恥ずかしさが高じてしまうものである。
 胡乱な答え方をするルルーシュを大きな瞳でじっと見上げて、少女はフッと息を洩らして微笑んだ。
「なら、付き合ってやるから、ひとつだけ私の願いを叶えろ」
「願い?」
「そうとも」
 そして、にっこり微笑むなり、少女は堂々と宣言して見せたものである。
「先におまえのほうから、私にキスをしてもらおうか」
「………………………………………………はい?」
 ルルーシュは、一瞬自分の耳がおかしくなったのかと思った。
 だが、驚いているルルーシュの視線の下で、さっさと仰向いてしまっている少女は目を閉じていて。
 花開く寸前の薔薇のつぼみのように、やわらかそうな唇がルルーシュの訪ないを待っていた。

 ――おいおいおい。

 心臓が、バクバクと壊れそうな勢いで激しく打ち始める。
 一体どう対応していいのかわからなくて途方に暮れていると、ぱちっと薄目を開けた少女に正面から睨まれた。
「いいから、ほら早くしろ」
 そして、先よりも少しだけキスを受け入れやすいように、可愛くすぼまる薔薇色の唇。

 ――いったい、これは何の冗談だ?

 たちまちルルーシュは、クラリと眩暈する感覚に襲われてしまったが、たとえばこれが新手のキャッチセールスでも、たった今、この瞬間に、抗うだけの理由がどこにも存在しなかった。
 せめて自分の背中で少女の姿を隠して、柱の影に両手を押し付けると、ルルーシュは閉じたままの唇を少女の唇の先にごくごく軽く押し付けた。

「―――……ッぁ、…ッ!」

 その、瞬間。
 流れ込んできた、――怒涛の、記憶の奔流。
 ルルーシュは小さく呻くと、思わずガクリとその場に膝をついていた。





「ふはははははっ! 思い出したか、ルルーシュッ! これで私の37戦37勝だっ!!」





 その頭上に、これ見よがしに降ってきた魔女の宣言に、ルルーシュは固めた拳で思わず最寄りの壁をバンッと殴っていた。
「……あンのクソ親父ィ~~~!!」



◇ ◇ ◇




「なぁなぁ、聞いてくれよ、シャルルゥ~。ルルーシュが、かくかくしかじかで、とにかく私を苛めるんだ」
「何と! 愚かなりぃ、ルルゥウーシュよ! シャルル・ジ・ブリタニアが命じる!」
「うわっ、止めっ、おまっ…またっ、ぃやめろぉおおおおおおお~~~~っ!!」



◇ ◇ ◇




 きっかけは、ほんの些細な夫婦喧嘩のはずだった。
 だが、嫁には甘いシャルルとマリアンヌの共謀により、ルルーシュはたびたび記憶を書き換えられては、そのへんに放置されるという『お仕置きタイム』を強要され続けていた。
 そのルルーシュの面前に、何も知らない顔をして現れるのがC.C.である。
 記憶を取り戻すきっかけは、ルルーシュのほうからキスをさせること。
 別にC.C.のほうから無理に唇を奪ってやっても一向に構わないわけだが、そこはそれ、毎度のようにルルーシュが『一目惚れ』現象を引き起こしてくれるので、思わず乙女心が発動して、状況を愉しんでしまうわけだった。
 しばらく最寄りの壁をバンバン殴っていたルルーシュは、やがてユラリと腰を上げると、魂が抜けてしまいそうな息をハアと思い切り大きく吐き出した。
 その隣にさりげなく並んできたC.C.が、悪戯な上目遣いでルルーシュの顔を見上げる。
「そんなに、シャルルに記憶を弄られるのが鬱陶しいなら、さっさとV.V.からコードを奪ってしまえばいいだろうに?」

 ――それとも、本心では、不老不死の人生を受け入れるのが嫌なのか?

 問わない部分で、如実な本心を露呈する。
 ルルーシュは、軽く溜息まじりにC.C.の後頭部を片手で引き寄せると、クシャリと後ろ髪をかき回した。
「何度も言ってるだろう? おまえに釣り合う年齢になったら、いつだって引き取ってやるさ」
「とか何とか言って、おまえ今年で」
「20だ。――だから、どうした?」
 本当の身分は、アッシュフォード大学に通う三回生。
 C.C.の側に正式な出生証明etcが存在しないものだから、公的に籍を入れることは不可能だったが、そのうちこっそり裏から手を回して、実現するつもりで居た。
 が、実情は学生の身分で結婚している事実を公には伏せていたから、何かとC.C.をヤキモキさせる結果に陥ってしまうわけだった。
 そのクセ、ルルーシュに対しては、直接文句の一つも素直に口に出そうとしないのだからタチが悪い。
 思わず横目でじっとりC.C.を見下ろすと、飄々とした顔つきでC.C.がクスリと笑った。
「なんだ?」
「なんでもない」
 訊ねたのには満足に答えもしないで、珍しく自分のほうから、ルルーシュの腕に腕を絡めて甘えてくる。
 思いのほかに、そんなC.C.の姿が可愛くて。
 反則だろう、それは? と溜息まじりに内心で呟きながら、ルルーシュはそっけなく訊ねた。
「――機嫌、直ったのか?」
「まァな、アレだけ顕著な反応を示されれば、思わず私のほうまでトキメキを感じてしまったさ」
「よく言う。考えてみれば、不公平だろう? おまえのほうこそ、ひょっとして記憶を失くしてしまったら、案外俺のことなんて、一瞬で――」
 そこまで言ってしまってから、ハッとした時には遅かった。
「――……ご、ご主人さま? どうしてそんな酷いこと、仰るんですか?」
 見た目は全く同じまま、小動物のような顔つきで、C.C.が大きな瞳をウルウルと潤ませ始める。
 思わずその場に脱力しそうになってしまったルルーシュは、両手で頭を抱えてしまったが。
 一瞬後には、C.C.が「冗談だ」とケラケラ笑い始めた。
「数百年間生きてきて、おまえのような男には初めて出会ったんだ。たとえ何回記憶を失くしても、私なら、また何回でも同じように、おまえを見つけ出して惚れて見せるさ」
 本当に、卑怯な女である。
 こんな場合にだけ、羞恥の色も微塵もなく、まるきり当たり前の顔をして。

 ――適うわけが無いだろう?

 内心で白旗を掲げたルルーシュは、何も言わずに顔を前方に傾けると、C.C.の唇の上に軽く自分の唇を押し付けた。
「ん、何だ? 唐突な奴だな」
「うるさい、ピザ屋に行くんだろう? さっさと着替えに一度家に戻るぞ」
 羞恥が邪魔をして、そっけなく突き放すようにそう言うと、たちまち眉間に皺を刻んだC.C.が「おいっ」と不機嫌そうに噛み付いた。
「さっきと話が違うじゃないか。ジーンズショップで服を奢ってくれるはずだろう?」
 そそくさと歩き始めるルルーシュを見上げながら、不満そうに頬を膨らませる。
 ルルーシュは、そんな女の表情を横目に見下ろしながら、冷静な声音で言った。
「――…別に俺は、着替え持参で、ピザも宅配させて、ホテルで一泊コースでも構わないけどな?」
「さー、キリキリ歩いて、家に帰るぞ、ルルーシュ! 私は腹が空いているんだっ!」
 ルルーシュの目付きに、身の危険を感じたC.C.は、問答無用でルルーシュの腕を振り切ると、率先して駅に向かって歩き出す。
 その背中を見送りながら、ルルーシュはしみじみ長い溜息を吐き出した。

 ――記憶を失くしたくらいで、おまえに振り回されているようでは、俺もまだまだ甘いということさ。

 だからといって、少々歳を重ねた程度では、上回れる気がしないのだが――。

「おい、こらルルーシュ! さっさとしないと、置いていくぞ!」

 だが、確実に、自分と一緒に歩み始めている今の人生を無邪気に愉しんでいる様子の魔女が、大威張りでまぶしいくらいの笑顔を弾けさす。
 台風一過。
 あまりに幸福そうに笑って見せるものだから、自然と周囲の視線を集めてしまっている微笑ましいC.C.の姿に、ルルーシュも思わずじんわりうれしい気分で頬を緩めてしまったが。
 よくよく考えてみれば、雨に濡れていて全身ずぶ濡れ状態で、下着のラインまで透っけ透けの嫁の姿が、周囲の男連中の視線を集中的に集めているのに気づいて、慌てたルルーシュは、C.C.の腕を鷲掴むと、タクシーを捕まえるために大通りまで大急ぎで駆け出した。


[ ende ]
――ひょっとすると存在したかもしれない、もしもの話。