FC2ブログ
【2019年11月】 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

キス色百景 SCENE.003 『後生だからお願い』 

2,000文字程度で、キスに関するシチュエーションを集めてみたいな短編集。

……………初志貫徹できず。

今回なんか、30,000文字近いので、
さすがにBLOGにUPするのを躊躇ってしまいましたが、
ただいまMY PC内で、サイトのデータを工事中のため、
そのうちまとめてサイトのほうにもUPしたいです。


キス色百景・第二話 「比類のない経験」の続きです。

思い切り設定モエな話なので、どうぞ笑って見過ごしてくださいませ~♪
(*´ェ`*)


携帯やmacな方はコチラから。

それ以外の方は、下からどうぞ。

キス色百景
* SCENE.003 : 後生だからお願い *


 それは、本当に些細な出来心のはずだった。
 本当に、悪気だけはカケラも存在しなかったはずなんである。
 だが、しかし――

「――名前は?」
「ハッ、えらそうな奴だな。それが、人にものを訊ねる態度かァ?」
「完・璧・だっ! 我ながら、惚れ惚れするくらい高飛車な女だぞ」

 ―― in Cの世界。
 そこでは黒衣を纏った管理人C.C.と、Tシャツに短パン姿のC.C.、少女趣味的なワンピースを身に纏ったC.C.、そして、シャルルとマリアンヌを合わせた五人が、わざわざティーセット持参で優雅な会談のひとときを愉しんでいた。
 話の主導権を握っているのは、Tシャツに短パン姿のC.C.――以下、黒C.C.と呼ぶことにしよう――が、大威張りで足を組み替えながら、カラカラと陽気に笑った。
「約束だからな、シャルル? あいつが24時間以内に入れ替わりに気づくことが出来なかったら、私にこの先一年間、ピザを奢るんだぞ?」
「うむ、たしかに請け負った。その代わり――」
 シャルルは鷹揚に頷くと、思わせぶりな流し目で、チラリと黒C.C.に視線を注いだ。
 動じることなくそれを受けた黒C.C.は、負けずに尊大な態度で頷くと、「もちろんだとも」と続けた。
「ああ、女に二言はない。私が負けた場合は、この先一年間、毎日10分間だけ、おまえの肩を揉んでやる」
「フフッ、ルルーシュのお嫁さんに、いずれ肩を揉んでもらうのが長年の夢だったものね。良かったわね、あなた。こんなに早く願いが叶って」
 カフェテーブル一式に、メイドまで持参してアフタヌーン・ティーの用意をさせたマリアンヌは、美麗に整えられた指先でティースタンドからキュウリのサンドウィッチを取り上げると、蠱惑的に目を細めながらパクリと噛みついた。
 その様子を不満そうに眺めながら、黒C.C.は唇の先を尖らせた。
「なんだ、マリアンヌ? まさか、この私が、『負ける』と本気で思っているのか?」
「当然じゃない? いくらシャルルのギアスが完璧でも、C.C.の人格まで丸ごと把握しているわけではないんですからね?」
 コード保持者であるC.C.には、本来ならばギアスは効かない。
 だったら、そのコードを封印してしまえば良い。
 かくして、コードを保持している黒C.C.と、本体であるC.C.は分離した。
 もちろん、本体であるC.C.は記憶を失くしているわけだから、シャルルのギアスで本来の記憶を植えつけたわけだった。
 たしかに本人の監修により、多少はマシな仕上がりになっているようだとマリアンヌにも思える。
 しかし――
「――フフッ、どうかしら? この程度を見抜けないようでは、ルルーシュの愛情もその程度ということよ」
 話している最中にも、キュウリのサンドウィッチを完食したマリアンヌは、続いて、焼き立てのスコーンを手に取ると、生クリームとブルーベリージャムをたっぷり塗りつけて、「はい、あなた」と笑顔でシャルルに差し出した。
 鼻の先であしらわれてしまった黒C.C.は、苛立たしげに拳をドンッとテーブルに打ちつけた。
「喧嘩を売っているのか、マリアンヌ?」
「止めておけ、挑発しているだけなのがわからないのか?」
 その横から、冷静に口を挟んだのが、少女趣味的なワンピースを身に纏ったC.C.――以下、白C.C.と呼ぶことにしよう――である。
 同じく焼き立てのマフィンを手に取ると、ひとくち大に千切ったそれにラングル産のウォッシュチーズをたっぷり乗せさせて、黒C.C.の口元に運んだ。
 素直に「あーん」と口を大きく開けた黒C.C.は、もぐもぐと二、三度咀嚼してから、フフッと嬉しそうな顔で相好を崩した。意外と単純なものである。
 白C.C.は、さりげなく黒C.C.の口元を指先で拭ってやりながら話を続ける。
「だが、おまえが、そこまで自信たっぷりに言うんだ。根拠に自信があるんだろうな、マリアンヌ?」
「当然じゃない? 私の息子ですもの」
「おーおー、買いかぶられる息子のほうは大変だ」
 子供のような口調ではやし立てながら、黒C.C.は、「次のをくれ」と白C.C.に催促した。まるきり親鳥にエサをねだる小鳥のようである。
 喧嘩を売られたマリアンヌは、艶やかに紅を塗った真紅の唇をクッと挑戦的に吊り上げると、満身から発せられる魔女のような雰囲気で妖艶に微笑んだ。
「――いいわ。じゃァ、こうしましょ。私は、『一時間以内に見抜ける』ほうに賭ける。私が勝ったら、この先一年間、あなたは私の脚を揉みなさい? いいこと、C.C.?」
「ああ、いいとも。脚でも、胸でも、何でも揉んでやる! その代わり、おまえもこの先一年間、私にピザを奢るんだぞ?」
 それまで沈黙を守り続けていた管理人C.C.が、見るに見かねたといった顔つきで淡々と呟いた。「まったく、食い意地の張った野蛮な子供ね。無駄に血の気の多いこと」
 それを横目でじろりと睨んだ黒C.C.は、ドスを利かせた声音で訊ね返した。
「何か言ったか?」
「別に?」
 常温で魂すらも凍らせかねない雰囲気で管理人C.C.が答えると、フンッと鼻息荒く答えた黒C.C.は、カラカラと大きな声を出して笑った。
「ああ、この先一年間、確実に二食はピザ三昧かっ。愉しみだな~っ!」
 言っている口調が、なにやらヤケっぱちのように聞こえてしまうのは、『本当にルルーシュが、見抜けなかったらどうしよう……?』と不安に思っているせいだった。
 あまりに微妙すぎる乙女心に、その場にいる全員が気づいていたのだが、口を挟むと面倒くさいことに巻き込まれるのがわかっていたので、あえて口を出さないようにしているだけだ。
 唯一、白C.C.だけが口元に苦笑を浮かべながら、ティースプーンの上に角砂糖をひとつ乗せるとブランデーを染み込ませ、ティーロワイヤルにしたカップを管理人C.C.の手元に差し出した。
 管理人C.C.は「ありがとう」と冷静に答えると、「あなたも苦労が耐えないわね」と白C.C.だけに聞こえる声で呟いた。
 クスッと息を洩らして笑った白C.C.は、金の瞳をやさしく細めた。
「そうでもないさ。私も結構いろいろ愉しんでいる」
「――何の話だ?」
 自分だけ蚊帳の外に置かれているのに気づいた黒C.C.が、口をもぐもぐさせながら問いかけると、白C.C.は、ミルクで煮込んだストロベリーティーを黒C.C.の手元に差し出しながら、ニッコリ満面に笑みを浮かべた。
「なんでもない。あとは結果を御覧じろ――さ」
「そういうことね」と管理人C.C.も同意する。
 三人の美少女と、自分の奥さんに囲まれたハーレム状態のシャルルは、どこかしら夢見がちな表情で、ふっとニヒルに微笑んだ。
 それに気づいたマリアンヌは、ニッコリ美しい笑顔で艶笑すると、鼻の下が伸び切っているシャルルの太腿を思い切りギュッと強くつねった。
 シャルルは、目じりに軽く涙を浮かべながら、無言で耐えた。



◇ ◇ ◇




 一方、その頃ルルーシュは――。
「ああ、やっぱりアンタの解釈だと、そうなるんだ~? 間違えちゃったかなァ~、わたし」
 花も恥らう女子大生たちで賑わうお洒落なカフェテラスで、カレンを前に鷹揚な微笑を浮かべていた。
 注文の品が運ばれてきた時、ウェイトレスは迷いのない手つきで、「お待たせしました」と、ルルーシュの前にコーヒーカップ、カレンの前にどっさり山盛りに盛り付けされたプリン・ア・ラ・モードの皿を並べたが、ウェイトレスが立ち去ると、二人は何食わぬ顔つきで注文の品を取り替えた。
 ルルーシュは、優雅な手つきでプリン・ア・ラ・モードの山をひとさじスプーンで掬い取ると、パクリと美味しそうに口に運んだ。
 たちまち満面に、とろけるような笑みを浮かべる。
 通りすがりに、うっかりその笑顔に見惚れてしまったウェイトレスが、持っていたトレイを、客の頭の上でドンガラガッシャンと落とした。
 ルルーシュは、驚きに軽く目を見張りながら肩をすくめる。
「せっかくお洒落な店なのに、ずいぶんと従業員が不注意な店だな?」
 心底あきれたように呟いて見せるが、自分の笑顔が原因であることに、ルルーシュが気づいてないだけだ。
 半眼に目をすがめたカレンは、濃い目に淹れたエスプレッソのデミタスカップを口に運びながら嫌そうに呟いた。
「……まったく、営業妨害もいいトコね。アンタを誘う店を間違えたわ」
「ん、何か言ったか?」
「なんでもないぃ~。――あああ~っ、それより試験っ、落ちたらどうしようぅ~~~っ」
「心配性だな」
 ルルーシュは、優しげに目を細めると、クスクスと明るい表情で笑った。
「あの教授の性格だと、おそらくそう考えるだろうと推察したまでのことだ。論文の内容に関しては、さすがに俺も専門外だからな、保障は出来ないぞ?」
「それでもいいのよ、私がアンタの意見を聞きたかっただけなんだから。――あああ~っ、落ちたァ~っ」
 ルルーシュと二人きりで同席していることで、周り中から羨望の視線を注がれているにもかかわらず、そんなのはすっかり慣れっこになってしまっているカレンは、オーバーアクションでガックリ机の上に突っ伏した。
 それを見つめるルルーシュは、クスクスと愉しげに肩を揺らして見せている。
「そんなに心配しなくても、大丈夫だろ? おまえが丸三ヶ月も、それ一本だけに集中して頑張ったんだ。絶対、受かってるって」
 チラリと上目遣いに顔を上げたカレンは、ルルーシュの笑顔をじっと無言でしばらく眺めて、やがてハアと長い溜息を吐き出した。
「アンタって、ほんと無意識だと、女を口説くのが上手いのよねェ~」
 暗に、「意識すると、どうして駄目なのかしら?」と皮肉を利かされて、軽くムッとしたルルーシュは、デコレーションされていたチェリーにパクリと噛みついた。
「それは、『ご馳走さま』と言って欲しいのか?」
「ああ、ジノ? ――ダメダメ。あの人のは天然だから。忠犬ワンコなだけ。何も考えてないんだからさァ~」
「それは、どうもご馳走さま(ヽヽヽヽヽ)
 互いに皮肉を利かせると、どちらからともなくプッと小さく吹き出した。
 ルルーシュは、クックッと笑い続けながら、「これからデートなんだろ?」と訊ねた。
 途端にカレンは勢いよく上体を起こすと、すっきり背中を伸ばして、フフッと幸福そうに頬をゆるめて笑った。
「そう。だから彼氏に会う前に、少しでも心配ごとを片付けておきたくってね」
 ありがと。おかげで、ちょっとは気が晴れたわ。――そう面映そうに言いながら、カレンは残っていたエスプレッソを一気に飲み干すと、さりげなく伝票を掴み取る。
 ルルーシュは、一瞬「あ」と口を開きかけたが、カレンは忙しなくバタバタ手を振りながら「いいから、いいから」とそれを遮った。
「それより、C.C.にも久しぶりに会いたかったんだけどなァ~。相変わらずみたいね、そっちは?」
 苦笑を浮かべたルルーシュは、肩を上下にぴょこんと動かした。
「来る途中で、美味しそうなピザ屋でも見つけて、目的を忘れているんじゃないか?」
「ずいぶんね」
 でも、C.C.なら有り得るかも――と呟きながら、カレンは身支度を整えると、腰を上げた。
「たまには、アンタのほうから顔を見せなさいって伝えておいて。ラクシャータさんも会いたがってるからって」
「わかった」
「じゃァね」
 ニッコリ満面に笑みを浮かべながら踵を返したカレンは、今にもスキップしそうな勢いで去っていく。
 ルルーシュに勇気付けられた部分も大いに影響しているのだろうが、三ヶ月ぶりのデートだったから、口では憎まれ口を叩きつつも浮かれているのだ。
 ルルーシュは、「ご馳走さま」とこっそり呟きながら、クスクスひとりで笑った。
「気色の悪い男だな? 何をひとりで笑ってる」
「――C.C.」
 ルルーシュにしては珍しく、声を掛けられるまで、C.C.が近くに居るのに気づきもしなかった。
 それ以前に、何だか、まるでカレンが立ち去るのを待っていたようなタイミング。
 それを不快に感じたルルーシュは、一瞬で笑顔を消し去ると、眉間にギュッときつく皺を刻んだ。
 用意されている紅茶の種類が豊富で、スウィーツの味が自慢の店だったから、ガーデンテラス方式で20基ほどカフェテーブルを据えてある店先は、初夏にも早い晴天下ということもあり、大いに繁盛していた。
 ややあって、入れ違いで客の訪れたのに気づいたウェイトレスが、カレンの食器を下げるために二人のテーブルに近づいてきたのだが、ルルーシュは優しい笑顔でそれを遮った。
「すみません、いいです。もう出ますから」
「――は?」
 ウェイトレスは、二人の反応の違いに若干戸惑いながら、「そうですか?」と遠慮がちに呟き、名残惜しげに去っていく。
「おい、ルルーシュ? 私にも、茶の一杯くらい飲ませてくれてもいいだろう?」
 憮然と唇の先を尖らせたC.C.は、当然の顔つきで不平を唱えたが、ルルーシュは完全にそれを無視して腰を上げると、足早に雑踏をかき分けながら歩き始めた。
 突然の機嫌の悪さに、いささかC.C.は動揺しながら、仕方なくルルーシュの背中を追いかける。
「おい、ルルーシュ? 30分遅刻したくらいで、そんなに怒らなくてもいいだろう?」
 ルルーシュは返事をしなかった。
 背中から発せられる雰囲気に軽く圧倒されながら、C.C.は小走りでルルーシュの背中を追いかけると、「待てと言っているだろうっ!」と苛立たしげに叫んで、ルルーシュの肩を乱暴に掴んだ。
 全身から怒りを露わにしてそれを睨んだルルーシュは、腹立たしげにチッと舌打ちすると、強引にC.C.の手首を鷲掴んだ。
 雑踏を歩く人の流れに逆らいながら、終始無言でビルの一角に力ずくでC.C.を連れ込んだ。
 数多の店舗がすし詰め状態で入っている雑居ビル。その大半が居酒屋関係のチェーン店だったので、昼日中は意外にひと気がないものだ。
 有無を言わせず両手でC.C.の顔を鷲掴んだルルーシュは、嫌がる隙を与えずに、乱暴に唇を奪った。
「――…ッん、っ…んンッ、んんぅ~っ!!」
 歯列を割って、容赦なく舌を絡めてキュッと吸い上げられて。
『こんな街中でっ!』と焦ったC.C.は、声に出せない代わりに、ルルーシュの背中をドンドンッと力いっぱい殴り続けていたのだが、先に身体の芯から力を抜かれてしまうほうが早かった。
 ものの数分で、自力では立っていられない状態にされてしまったC.C.は、「っ…はぁんっ」と色っぽく吐息しながら、ぐったりルルーシュの肩の上に頬を預けた。
 軽く息を喘がせながら、しばらくの間、微動だにせずじっと口を噤んでいたルルーシュは、やがてC.C.の耳元に顔を寄せると、冷え切った声音で囁いた。
「この先一週間、おまえの顔など見たくも無い。――そう、あの女に伝えてくれるか?」
「……………は……?」
 とっさに何を言われたのかわからなくて、茫然としながらC.C.が顔を上げた時には、ルルーシュは既に踵を返していた。
「八つ当たりをして済まない。――ああ、それから、母さんと、クソ親父にも同じ文句を伝えておいてくれ」
 何か緊急の用事があるなら、スザクのところにいるから。
 そう言い残して、ルルーシュはスタスタと冷静に去っていく。
 あまりに突然の出来事に、C.C.は何ひとつとして、掛ける言葉を持ってはいなかった。



◇ ◇ ◇




 ――ふたたび、in Cの世界。
 見渡すかぎりに広がる記憶の美術館。
 その隅っこに膝を抱えて座り込んでいる黒C.C.の姿を、憐れみの眼差しで見下ろしながら、管理人C.C.がホゥと途方に暮れたような息を洩らした。
「この場合、どう考えても彼のほうが正しいわね。意地を張っていないで、さっさと謝りに行くべきではないかしら?」
「……うるさいな」
 他人事だと思って――と、不貞腐れた口調で憎まれ口を叩くと、「だって、他人事ですもの」と管理人C.C.は冷静にあしらった。
 その傍らでは、ジェレミアにギアスをキャンセルしてもらった白C.C.が、心配そうにオドオドと身の置き所をなくしている。
「……やっぱり、わたし、謝りに行ってきますっ!」
「まァ、お待ちなさいな」
 今にも駆け出そうとしていた襟首を冷静に掴んで引き止めると、管理人C.C.は、腕の中にやんわりと白C.C.を抱きしめた。
 きわめて冷静な仕草で、白C.C.の頭をヨシヨシと撫でて慰めると、白C.C.は「ふぅん~っ」と今にも泣きそうな声で、自信なさげに泣き言を洩らした。
「だってっ、だってっ、やっぱりわたしが、ご主人様をあんなに怒らせてっ…」
 ギアスをキャンセルされて、植えつけられた人格は消え失せてしまったわけだが、それでもルルーシュを激怒させた経緯はしっかり記憶に残っていた。
 思い出している最中にも感極まって、ポロポロと落涙しながらしゃくり上げる白C.C.の頬に、管理人C.C.はチュッと優しく唇を押し当てると、自愛に満ちた声音で淡々と呟いた。
「すこし落ち着きなさい。『私』が心配しなくても大丈夫。悪いのは、あくまでこっちの『私』のほうなんだから」
 言って、チラリと横目で冷たい視線を注ぐと、黒C.C.は無言で自分の膝を抱きしめ直した。
 全身で、「どうしておまえは、白C.C.にばっかり優しくするんだ?」と訴えているわけだったが、管理人C.C.は、あっさりそれを黙殺すると、淡々と状況判断を下した。
「どっちにしろ、一週間は顔を見せるなと言われているわけでしょう? そこに『私』が行っても、余計に彼を怒らせてしまうだけね。――まァ、もっとも? それもまた一興だと思ってしまうわけだけど」
「何か言ったか?」
 拗ねている声音で凄みを利かせても、管理人C.C.は「別に?」と涼しげにあしらうだけだった。
 何かを思案している顔つきで、手慰みに白C.C.の緑の髪を弄びながら、抱き心地の良い身体を、意味もなくキュッと抱きしめて見せている。
 気持ちの弱くなっている白C.C.は、何の抵抗もなく、管理人C.C.の好きなようにその身を任せ切っている。
 しばらく考えに耽っていた管理人C.C.は、ふいに思い出したような顔をして、「そういえば」と黒C.C.に語った。
「マリアンヌから伝言よ?『約束の遂行は、いつから始めてくれるのかしら?』ですって」
 要するにC.C.は、ものの見事に瞬殺で賭けに負けてしまったわけだから、この先一年間、シャルルの肩と、マリアンヌの脚を揉む責務が生じているわけだった。
 苛立たしげに唸り声を発しながら腰を上げた黒C.C.は、「ああ、今すぐ、どこなりとも揉んでやるともっ!」と叫びながら、一瞬で姿を消してしまった。
 おそらく、ルルーシュの実家である、アリエスの離宮に直接向かったのだろう。
 あとに残された白C.C.と、管理人C.C.は困ったように顔を見合わせると、二人で同時にクスッと微笑んだ。
「まァ、せっかくだから、『私』はゆっくりして行きなさいな。お茶でも飲む?」
「はい! ――あ、やっぱり、わたしが淹れますっ!」
「いいから。おとなしく座ってらっしゃい」
 意味もなくヨシヨシと頭を撫でながら管理人C.C.が促がすと、白C.C.は子犬のような可憐さで「はい!」と元気よく答えて、満面に屈託のない笑みを浮かべた。
 管理人C.C.は、その頬にもう一度チュッと軽くキスを落とすと、フフッと愉しげに笑いながら踵を返した。
「――まさしく、『あとは結果を御覧じろ』ね。――さて、どう決着が着くことかしら?」
 フフッと愉しげな微笑を浮かべながら、カツーン、カツーンと靴音高く記憶の美術館を歩いていく。
 いささかサディスティックな愛し方ではあったが、それでも管理人C.C.は、どちらのC.C.も同じように愛していた。



◇ ◇ ◇




 そんなわけで、一週間後。

 ―― AM 11:00に、ここまで来い。

 そっけないことこの上なく、ルルーシュからメールが送られてきたのは、つい昨日のことだった。
 添付してあった地図で待ち合わせ場所を指定してあったので、C.C.は、しぶしぶ重い足を励ましながら、待ち合わせ場所に向かった。
 さすがに、こんな日に遅刻したのではシャレにならない。
 だから、念には念を入れ過ぎて、30分も前に到着してしまったので、逆にC.C.は途方に暮れてしまった。
 人待ち顔で所在なげに立ち尽くしていると、十中八九、ナンパな連中が声を掛けてくるからだ。
 何がタチが悪いといって、その現場を目撃したルルーシュが、「変な連中に声を掛けられるのは、おまえに隙があるからだ」と理不尽な難癖をつけてくる上に、その日はほとんど丸一日中機嫌を直してくれないので、普段はわざと意識的に、待ち合わせの時間に遅れるように調整している。
 そういう苦労話をカレンの前でして見せると、「アンタも随分、人間らしくなったものねぇ?」と大いに冷やかしてくれるのだが。C.C.だって別に、変わりたくて変わったわけではない。
 ルルーシュとの出会いで、気づいたときには、勝手にいろいろ変えられてしまっただけだ。

 ――アイツは、相変わらずマイペースのままなのにな。

 考えるだに、まったく理不尽なことだと、思わず沈鬱な溜息もこぼれようものである。
 はぁぁ~っと力いっぱい全身から振り絞るようにして大きな溜息を吐き出すと、突然背後からクスリと笑う声が聞こえてきた。
「本当にタチの悪い女だな? 一週間ぶりに会う亭主に、聞かせる第一声がそれか?」
「――…ッルルーシュ!」
 心臓が、止まるかと思った。
 思わず軽く飛びすさりながら振り向いたC.C.は、ルルーシュの顔をひとめ見た途端に言葉を失う。

 ――どうしてこの男は、こんなに屈託のない顔をして笑っているんだ?

 てっきり恨み言の100や200は言われるだろうと覚悟を決めていただけに、逆にC.C.は、どうしていいのかわからなくなってしまった。
 今回の一件は、私が全面的に悪かった。嫌な思いをさせて、済まなかったな。――そう潔く、開口一番に謝るつもりでいたのだ。
 その計画が、初っ端から覆されてしまったものだから、動揺を鎮めるので精一杯だったC.C.は、結局、何も言わずに、ルルーシュの隣に肩を並べて歩き始めると、ややあって、ぶっきらぼうに地面を見つめながら訊ねた。
「……髪、切ったんだな?」
「ああ、スッキリしたろう? たまには他人に髪を弄らせるのも、良いかと思ってな」
 本当に珍しいこともあったものだ。
 氏素性も知れない相手に、無防備な姿をゆだねるのが嫌だからと、ルルーシュはいつだって自分で髪を切ってしまうのだ。
 一度だけC.C.がムラっけを起こして、「切ってやろうか?」と訊ねたら、「仕方ないな」とぶっきらぼうに言いながら、襟足の部分を少しだけ切らせてくれたので、なんだかひどく嬉しかったのを覚えている。
 もっとも、後になってさんざん、「切り過ぎだっ!」と愚痴を言われたので、それきり二度と関知していないのだが。
 たしかに言われてみれば、プロの腕ならではこその正確さで、以前に増してルルーシュの男ぶりが上がっている――ような気がする。

 ――別に私は、ルルーシュの見た目なんかどうだって構わないはずだろう?

 あくまで、見た目なんかではなく、その人間性に惹かれたはずだった。
 夫婦同然の暮らしぶりで、暮らし始めてもう二年。
 共犯者だった時代から、何がきっかけで現状に至っているのかC.C.にはあんまり良くわからない。
 とにかくルルーシュが、当然のように隣に居場所を用意してくれているから、C.C.は何も言わずに、ルルーシュの隣に居座り続けているだけだった。

 ――おまえは一体、私のことをどう思っているんだ?

 嫌いではないのだろう――と思う。
 少なくとも、二年間毎日のように顔を付き合わせる程度には。
 だが反面、仲違いしたまま丸々一週間音信不通で過ごしていられる程度には、ドライな関係である事実も否めない。
 ルルーシュを激怒させてしまったことに関しては、C.C.も責任を感じて胸に痛みを覚えてしまったが。
 だからといって、離れて過ごしていることに関しては、夜も眠れないほど寂しさを味わうなんてことは微塵もなく。万が一、このまま関係が破綻してしまっても、ある意味では潮時だったのかもしれないな――と、あっさり達観してしまえる程度には、C.C.自身の気持ちも冷めていた。
 もっとも、昔から同じ温度をキープし続けているだけで、何かが変化したわけではないけれど。
 お互いに、『大切な相手』だと認識しているのは事実だが、世間一般で言うところの、『恋仲』では当然の通過儀礼というものが、二人の間には一切ない。
 簡単に言ってしまえば、今まで一度として、「好きだ」と言われた覚えもなければ、自分のほうから伝えた覚えもないのだ。
 その必要を感じさえしないから、だから今でもこうして一緒に過ごしているような感じさえしている。

 ――まァ、元々の関係が、『共犯者』だものな。

 私だけは、おまえのそばにいると誓った。
 その誓いが、いつまでルルーシュに対して有効なのか、肝心の引き際を見定められないでいるだけだ。
 考えるほどに、なぜだか沈鬱に沈み込んでいく一方の内面世界に、にわかに囚われていたC.C.の面前に、ルルーシュは一枚の切符を差し出した。
 気づかぬうちに、最寄りの私鉄の駅に辿り着いていたらしい。
 C.C.は、なんとなく切符に視線を落としたが、出発の駅名と金額が書いてあるだけなので、行き先が読めるわけでもない。
 ルルーシュに振り回されることなど慣れているはずなのに、いつものように冷静に対処できない自分が、次第に苛立たしく感じてきた。
「なァ、ルルーシュ。これから一体、どこに行くつもりだ?」
 C.C.が困っている様子を、なんだか愉しんでいるような雰囲気で細まる紫水晶(アメジスト)色の瞳。
 ルルーシュは答える前に踵を返すと、さっさと歩み出すついでに答えた。
「スザクのところ」
「――はあ?」
 スザクのところって、おまえ、今朝まで一週間も世話になっていたクセに――。
 C.C.が唖然とするのも構わずに、さっさと改札を抜け、駅のホームに向かって姿を消してしまったルルーシュが、しばらくして「C.C.!」と焦れているような口調で呼んでくる。
 マイペースなのも、いい加減にしてくれよ――と、C.C.は早くも疲労を感じながら、うんざり大きな溜息を吐き出した。



◇ ◇ ◇




 謝罪のためとはいえ、なにしろ一週間ぶりにルルーシュと顔を合わせるわけだからして、普段は頼まれても絶対着ない、ちょっと可愛いめのワンピースなんか着ちゃったりして。
 それに合わせて、少しでも脚が綺麗に見えるように、ちょっと高い目のハイヒールなんか履いちゃったりして。
 要するに、神社の長い階段を上るような格好ではなかったC.C.は、ちょっと茫然としながら目前の光景を見上げた。
「……私にコレを上れというのか?」
 見渡す限りに続いている、果てしなく長い石造りの階段。
 たしかにココも「スザクのところ」と形容できるかもしれないが。
 C.C.の予想したのは、あくまでスザクの住んでいる1LDKのマンションなのであって。決してヤツの実家に等しい、枢木神社などではなかった。
「文句言わずに、さっさと上れ」
 言うより先に階段を上り始めていたルルーシュは、もう既に二十段ほど先まで上ってしまっている。
 マイペースなのも、大概にしろよ、おまえ――と、さっきよりも憤りを強く感じながら、いかんせん今日に限っては、あんまり強気に出るわけにも行かないものだから、次第に弱みに付け入られているような気分を味わってしまう。
 それでも結局、素直に従うしかなかったC.C.は、二十段ほど上ったところで恥も外聞も脱ぎ捨てると、脱いだハイヒールを両手に持ち、パンスト一枚きりの素足で、辛うじて神社の境内まで辿り着くことが適った。
 ゼイゼイと荒々しく肩で息を喘がせながら、日ごろの運動不足を激しく呪った。
 考えてみればルルーシュは、わずか九歳でナナリーを背負ってここの階段を上っているわけだから、体力があるのか無いのかよくわからない男である。
「――あァら、C.C.? 奇遇ねぇ、また随分と色気のない格好をしていること」
 あっさりC.C.を見捨てて先に行ってしまったルルーシュは、ザッと見た感じ、どこかに姿を消してしまっていた。
 あの人非人の冷血漢は、一体また何を企んでいるんだ? と前屈みになりながら、ゼイゼイと忙しく呼吸をむさぼっていた頭の先から、代わりに声を掛けてきたのがカレンである。
 どうしてカレンが? とC.C.は驚いたが、別にいまさら何が出てきても不思議でないと達観している部分もあった。
「っ…うるさい…っ…女だなっ…」
 それでも、腹が煮えてしまうのは仕方がない。
 ほとんど八つ当たり気分で、カレンに噛み付いてやるつもりだったが、――ああ、声にも力が入らない。
 今にも死にそうになっているC.C.の吐く憎まれ口など、あっさり右から左に聞き流してしまったカレンは、「いいから、ちょっと、こっちにいらっしゃい」と強引にC.C.の片腕を鷲掴むと、グイグイ引っ張り始めた。
「っ…ば、…っばか、…カレンッ! …そんなにっ…ひっぱるな…ッ!」
 履き慣れないハイヒールに、神社の砂利道は相性最悪で。
 ただでさえ膝が笑っているものだから、今はまだマトモに歩けるような状態ではないのだ。
 だが、必死の口弁もむなしく。
「ほほほ。何か言った?」
「…っ…あっ、悪魔かっ…おまえはっ…」
「あ~ァら、アンタみたいな根っからの魔女に、悪魔呼ばわりされる日が来るとはねぇ~」
 むしろ逆に、何かの仕返しをしているような雰囲気で愉しげに言い返してくれたカレンは、そのままスタスタと目当ての場所に歩みを進めた。
 やがて、連れて行かれたのは、枢木神社の端にある、小さな社だった。
 扉の前に賽銭箱が据えてあり、天井からは紅白によじった引き綱が吊り下げられている。ガラガラ鐘を鳴らすために必要となる代物だ。
 その様子を横目に通り過ぎ、その奥にある、御神体を祀ってある本殿の扉に向かったカレンは、遠慮なく観音開きの扉をギギギッと開いた。
「――お、おい、いいのか? 勝手に……」
 その頃にはようやく息の落ち着き始めていたC.C.が、慌てたようにそう言うと、なぜだかつまらなさそうな顔をしてフンッと鼻を鳴らしたカレンは、ショルダーバックの中からハンカチを取り出すと、何も言わずにC.C.の顔の汗を拭って、手早くパタパタと下地を整えると、問答無用の手際良さで化粧を始めてしまった。
「――…ッお、おいっ、カレン? なんの――」
 真似だ? と最後まで言わせずに、フンッと高飛車に笑ったカレンは、「いいから、ちょっと黙ってなさい!」と威圧的な物言いでC.C.を黙らせると、C.C.の上睫毛をビューラーでグイグイ圧迫して、マスカラを上下の睫毛に手早く塗っていく。
 頬紅は、C.C.の唇の地の色よりも淡いくらいのピンクをあっさりと。
 口紅は、C.C.の髪の色を、ひときわ惹き立てるローズ・ピンク。
 上から透明のグロスを重ねると、それだけでも水の滴るような素顔の美しさがいや増した。
「ああ、もうっ本当に腹の立つ女ね~っ、せっかく顔だけは美人なんだから、普段から、もう少しくらい気を遣いなさいよっ!」
 ――どうして私が、そんな理不尽な文句を言われなくてはならないんだ?
 目が口ほどに文句を言う。
 だが、カレンはあっさり鼻息ひとつであしらうと、仕上げにローズの練り香を指ですくって、C.C.の耳たぶに軽くちょんちょんと塗りつけた。
「ほら、完成よ! ――行ってらっしゃい!」
 そう言うが早いか、背中をグイッと押されたC.C.は、わたたっとたたらを踏みながら、社の中まで入っていく。
 まったく、乱暴な女だなっ! ――と怒鳴り返すはずだった唇は、中途半端な状態でぽかんと開かれた。
 中には、ルルーシュが背中を向けて立っていて、その先では、なぜだか神主の装束に身を包んでいるスザクが、玉串片手にC.C.の来訪を待っていた。
 驚きに目をぱちくりと見開いたC.C.は、小首を傾げてしばらく悩んで。
 困った末に「コスプレか?」と訊ねたら、失礼なことにスザクはプッと吹き出した。
「そういう魂胆だったのかい?」
 横目でチラリとルルーシュを睨め付けると、C.C.を蚊帳の外に置いたまま、謎の会話を交わしている。
 フンッと高飛車に鼻を鳴らしたルルーシュは振り向くと、「さっさと来い」とC.C.を手招いた。
 何がなにやらワケがわからなったが、C.C.は仕方なく歩みを進めると、ルルーシュの隣に肩を並べた。
 ヒノキ作りの簡素な平台の上には、なにやら書類が一枚置かれており、先に『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』とルルーシュの直筆でサインがしてあった。
 ご丁寧なことに、その隣には拇印も。
「書け」
 そっけなく言われて、C.C.は困惑顔でムッと顔を顰める。
 眉間の上には、これ以上ないくらい深い縦皺が刻まれていた。
「――いったい、何を書けというんだ?」
「馬鹿か、おまえは。こんなものに、名前以外の何を書くんだ?」
 こんなものと言われても、赤枠で囲われている用紙には名前の欄が設けてあるだけで。
 何枚かの複写式になっている様子だが、C.C.には何の書類だか皆目見当が付けられなかった。
 いい加減、ワケのわからない事だらけで、考えるのが面倒くさくなってきたC.C.は、ええい、ままよ――とルルーシュの名前の下に本名を書き殴った。
 そして、投げ出すようにペンを放逐すると、なぜだか書類を見ないように視線を逸らしているスザクが、横から「はい」と朱肉を差し出したので、『ああ、拇印が必要なのか』と腹の底から面倒くさく思いながら、仕方なく名前の隣の欄にべったり親指の指紋を押し付けた。
 何も言わずにルルーシュは、その用紙を裏返すと、用意していたティッシュでC.C.の指先を拭った。
 続けてスザクが「はい」と差し出した小箱を受け取ると、中から取り出した指輪をC.C.の左手薬指にグイッと押し込んで、C.C.にも同じことをしろと自分の左手を差し出した。
 指輪くらい自分で嵌めればいいだろう? ――と不満に思いつつ、仕方なくC.C.は言われるままに従うと、それを見届けていたスザクが、突然バッサ、バッサと玉串を左右に振り始めて。何だかワケのわからない呪文のような文句をひとしきり呟いていたかと思ったら、ニッコリ弾ける笑顔で「以下略」と呟いた。
「ここに、二人の結婚が成立しました。――みたいな?」
「………………………………………………は……?」
「みたいな? は、余計だろう?」
 隣でルルーシュが、すかさず憎まれ口で返しながら、さっさとC.C.の顔を両手で挟んで自分のほうを向かせると、さっさと唇の上にチュッと唇を押し当てた。
「ほら」
 横柄に言いながら、グイッと曲げた肘を差し出され。
 C.C.が途方に暮れているのを見て取ると、さっさとC.C.の腕を掴んで、腕を組む体勢に導いた。
 そのまま観音開きの扉に向かって歩き始める。

「「「「「「「――おめでとう~っ!!!」」」」」」」

 さっきまで閑散としていたはずの境内を、埋め尽くしている、人や人。
 よくよく眺めれば、黒の騎士団のメンバーたちが、それぞれ家族連れで集まっていて。
 その中には、なぜだかシュナイゼルやコーネリアの姿も混じっていた。
 最前列で、巨体を震わせながら感極まっているシャルルが、目頭に涙を浮かべている姿が気持ち悪かった。
 その隣で、今から舞踏会に出かけるような派手なドレスを身に纏っているマリアンヌが、フンッと高飛車に鼻を鳴らしたかと思うと、ルルーシュに向かってこう言った。
「ルルーシュ、事前に説明してなかったの?」
 ルルーシュも、同じような顔つきでフンッと高飛車に鼻を鳴らした。
「論より証拠というだろう? ――もっとも、この馬鹿は、いまだに状況がわかってないようだがな」
「っ…なッ! ――馬鹿とはなんだッ、ルルーシュ!」
「馬鹿に馬鹿といって何が悪いんだ?」
「まァまァ、おふたりとも」
 小春日和にさす陽光のように、穏やかな声音でナナリーが声を掛けてきた。
「結婚、おめでとうございます。お兄さま、C.C.さん」
「ナナリー、違うって。それを言うならさ、――結婚、おめでとう。兄さん、義姉さん」
 ナナリーの隣に肩を並べたロロが、面映そうな笑顔でそう言うと、ルルーシュは二人の頭をくしゃりと撫でながら「ああ、ありがとう」と笑顔で応じた。
 それと入れ違いで姿を現したのが、かつてのアッシュフォードの生徒会のメンバーである。
 口々に「おめでとう」と笑顔で言って、シャーリーだけが滂沱しながら、C.C.の腕の中に大きな花束を押し付けた。
 その後は、天子や星刻(シンクー)や神楽耶やら、玉城や、扇や、藤堂やら、とにかく見覚えのある全員と顔を合わせたような気がしたが、とにかく全員が申し合わせたように「おめでとう」と言いながら花束を押し付けてくるので、それを受け取るのに忙しかったC.C.は、あんまりよく覚えていなかった。
「まァ~ったく、ここの男どもと来た日には、どうしてこう揃いも揃って、デリカシーに欠けるのかしらねぇ~」
「――ラクシャータ!」
 最後にあきれた顔をして姿を現したカレンとラクシャータの二人が、見かねてC.C.の腕から花束を受け取ると、ルルーシュとスザクの腕に容赦なくそれを押し付けた。
 手ぶらで訪ねていた代わりに、ラクシャータは無言でC.C.の背中に腕を回して、ポンポンと抱きしめた。
「はい、これ」
 そして、身体を離すなり、ラクシャータが差し出したのが一枚の紙である。
 その用紙には手書きで店の名前と、簡単な地図がずらずらっと五件ほど書き連ねてあった。
「上から順に回る予定~。とりあえず最後までいるからさァ、適当なところで許してやったら、C.C.、アンタも合流しないさいよ?」
 何を言っているのかわからずに、怪訝げに眉を顰めながら顔を上げると、「違ったァ~?」と洒脱に片眉だけを跳ね上げたラクシャータが、トレードマークの煙管(きせる)を斜めに咥えながら、ニヤリと妖艶に微笑んだ。
 それでようやく納得した――というよりも、それでようやく目が覚めたような気分を味わっていたC.C.は、「ふふん」と目を細めながら笑って、「一件あたり、二時間くらいか?」と訊ねた。
 途端にクックッと喉を鳴らし始めたラクシャータは、怪訝そうに隣で顔を顰めている男ふたりには視線も向けずに、「もうちょっと伸ばそうかァ~?」と陽気に訊ね返した。
 C.C.は、ニッコリ満面の笑みを浮かべると、「充~分だ」と答えて。
 振り向きざまに、固めた拳で、ルルーシュとスザクを殴り飛ばした。
「――…ッぐぁっ!」
「わああっ! ~~ッどうして僕までっ?!」
 思い切り不意をつかれたスザクが、自分の歯で噛み切ってしまった口の端から、ダラダラ血を流しながらそう叫んだ。
 ――が、その時には、既に後の祭りだったのである。
「~~ッごめんなさいっ、ごめんなさいっ、だからこわいことしないでっ!!」
 突然人の変わった様子で、C.C.がブルブル震えながら謝り始めるものだから、スザクは茫然と魂が抜かれてしまったような顔つきでポカンとした。
 その隣で、ガックリ膝を落としたルルーシュは、最寄りの壁をガンッと固めた拳で殴りつけている。
 ラクシャータとカレンは、互いに顔を見合わせながら肩をすくめると、「当~然の報いよね~?」と涼しげに哄笑しながら、さっさと一次会の会場に向かった。



◇ ◇ ◇




「――でも、どうしてC.C.さんは怒ってしまわれたのですか?」
「それはですね、天子様? やっぱり女子(おなご)にとって、結婚は特別のものですから。ビックリ・パーティーのようにもいきませんもの」
 白桃のジュースを傾けながら神楽耶がしかつめらしく解説すると、「ええ~」と意外そうな顔つきで天子が訊ね返した。
「でもわたし、一度そのビックリ・パーティーなるものも、やってみたいです」
 神楽耶はニッコリ目を細めると、答えた。
「では、いずれ星刻の誕生日にでも、企画してみましょうか?」
「えええ~! いいのですか~?」
「ええ、もちろんですとも」
 その隣で、会話の一部始終を聞いていた星刻が、ちょっと動揺している感じで胸を押さえている様子を遠目に眺めながら、両手で頬杖をついたカレンが、しみじみ大きな溜息を吐き出した。
「っ…たく、男って肝心のところで馬鹿なんだからァ~っ」
 その隣で、ふっふっと余裕の笑みを浮かべているラクシャータは、いかにも夜の蝶といった姿である。
 きわどい部分までスリットの入っている、シルクサテンのドレスの裾をからげで悠然と脚を組み替えると、腰高のスツールの上から網タイツに包み込まれている美脚を通りすがりの人間に惜しみなく見せ付けて、なんとなくアンニュイな雰囲気で、煙管からぷかりと紫煙をくゆらせる。
「あら、そぅお~? 可愛いじゃない~、不器用なりに一生懸命で」
「けど、不器用にも限度ってものがっ…!」
 カレンはそう言って声を荒げたが、誰一人としてそれを気にかけるものは存在しなかった。
 二人が腰を下ろしている止まり木の背後では、玉城を筆頭に黒の騎士団の男連中が、「意外とアイツ、コッチのほうがイケてないんじゃねぇ~の?」と卑猥なジェスチャーまじりで大いに沸いているからだ。
 最初からこうなるのが見えていたから、祝賀会の会場選びを引き受けたラクシャータは、玉城が経営しているスナックを選んだのだ。
 二時間ほど、久々に顔を合わせた面々で陽気に騒いで。
 店を出る間際に、「あら、そういえば主役のお二人は?」という話になり、なし崩しで次の店までほとんど全員が移動して、「結婚式後、わずかに数分で嫁が実家に家出した」話題で大いに盛り上がっている最中というわけだった。
 ちなみに、二件目に選んだ店も玉城が経営しているスナックだった。
 C.C.に書いて渡した店のすべてが玉城の経営している店だったから、店の宣伝がてら、結婚祝い代わりに玉城に呑み代を持たせてやろうという魂胆だった。
 そうとも知らずに玉城は、シュナイゼルを相手に「まァ、呑めよっ、なっ! 兄弟っ!!」と、すっかり上機嫌で管を巻いている。
 その様子を横目に眺めながらラクシャータは、尖らせた唇の先からぽっぽっと丸い輪を吐き出して、退屈そうに隣のカレンをチラリと流し見る。
「――で? そう言うカレンちゃんは、もう平気なわけ~?」
 甘党のカレンには、少しばかり苦味の強いアルコールで唇を潤していた最中に、突然直球で自分自身に話の矛先を向けられて。思わずブッと吹き出しそうになったカレンは、ヤケ酒を煽る勢いで、そのままグイッと一気にグラスを傾けた。
 いかにも飲み慣れてない感じで「ぷはァ~っ」と声に出して吐息して、ダンッ! と勢いよく空いたグラスをカウンターに打ち付けた。
 何食わぬ顔つきでラクシャータは横からそれを引き取ると、氷で冷やしてあるチェイサーだけで、シングル・モルトのスコッチウィスキーを手早くトワイス・アップして、ふたたびカレンの手元に差し出した。
 上質なお酒であるのは、なんとなく風味のよさで感じているけれど、ちっとも美味しいと思えないカレンは、ちびりと舌の先を潤すと、ハア~っと思い入れたっぷりに長い息を吐き出した。
「…………もちろん、ショックでしたよ? あの二人が、付き合っているのは知ってましたけどね、突然何の前フリもなく『お互いに、気持ちの上ではとっくに結婚してるつもりだ』なんて聞かされて、『協力してくれ』なんて言われちゃね? なんか、こうムラムラと割り切れない部分が残ってしまうって言うかァ~」
「――ルルの裏切り者ッッッ!!!」
「そうっ、まさにそれ! そんな感じっ!!」
 ナイス・フォロー! とばかりに、カレンは満面に気色を浮かべて振り向いたが、カウンターの上では、既に一件目で潰れていたシャーリーが、腕枕の上でブツブツと寝言を呟いていた。
 その向こう側で、介抱役のミレイが、「なははっ」と何とも言えない顔つきで苦笑を浮かべて見せている。
 ぎこちない笑顔で「どうも」と会釈したカレンは、ハアッと短く溜息を押し出すと、どっかりカウンターの上に頬杖を付き直した。
 目線の先では、カウンターの向こう側で忙しくカクテルを作っているジノの姿を追っている。
 ルルーシュを「裏切り者」呼ばわりする以前に、自分のほうこそ今現在は、この相手と正式に付き合っているわけだから、『人のことを言えた義理?』と複雑な心境を抱いてみたりもするけれど。
 やっぱり、ルルーシュに対しては、ゼロに対する憧憬も重ねているだけに、一概に割り切れる感情ではないようだった。
「……どうして、みんな仲良く『お友だち』のままでは居られないんでしょうかねぇ、ラクシャータさぁん~…」
 酔ってるな――と頭の片隅では思いながら、嫌がらずに甘えさせてくれるラクシャータの肩の上にコトリと頬を預けた。
 金木犀の香りのする煙草の匂い。
 その匂いの中に入り混じる、甘い白檀の香水の匂いが、アルコールに酔うよりも甘い酩酊感でカレンの意識を酔わせた。
「こら、ラクシャータ。口説くなよ」
 うっとりしながら思わず目を瞑ると、聞き慣れた男の声が、なにやら不躾にラクシャータに文句を言っているのが聞こえてくる。

 ――馬鹿じゃないの、アンタ? ラクシャータさん相手に、口説くなよって何よそれ?

 そう思っている最中にも、「ふっふ」と愉しげに笑ったラクシャータに後ろ髪を撫でられて、豊満な胸元に顔を埋めるように抱きしめられ。――あらあら、ちょっと、ラクシャータさん? なんて思っている最中にも、柔らかな指先で頬を撫でられる感触が、思いのほかに気持ち良かったりして。
 ああ、駄目だ。完璧に酔ってしまってる。
「残念ねぇ、彼氏の目を盗んで、別室で優しく介抱してあげるつもりだったのに」
 言いながら、腕の中に肩を抱き寄せられて。
 その腕が、ラクシャータにしては随分たくましいものだったので、『あれ?』と不思議に思って薄目を開けると、視線の先に見つけたのはジノの首筋だった。
 どうやら、あっさりラクシャータから奪い返して、横抱きにされていたらしい。
 相手がジノだと認識した瞬間に、なぜだかホッと気のゆるんでしまったカレンは、ジノの厚い胸板に頬を押し付けると、小さな声で「ごめん」と呟いた。
 陽気にクスッと笑ったジノは、「C.C.が戻って来るまで、待ってるつもりなんだろ?」と、わざと意識的に話を混ぜっ返した。
 カレンは、ちょっと拗ねているような声音で、「そうじゃなくって」と言わないつもりだったセリフを口にしていた。
「――ルルーシュが、C.C.のために結婚式を挙げたがってるって聞かされてショックだった。一晩泣いて、自分を慰めた。おかげでスッキリしたけど、考えてみれば、私は今アンタと付き合ってるわけだから、結果的に、アンタの気持ちを裏切った。――だから、ごめん」
 ユラユラと心音のリズムでゆったりと運ばれる感覚が心地好く。正気だったら絶対言えないような告白を、何の引け目もなく口にしていた。
 しばらく押し黙っていたジノは、そのまま何も言わずにカレンを従業員専用の休憩室に運び入れると、ゆっくり布団の上に寝かせて、丸々一分近くカレンのひたいに唇を押し付けてから、ようやく顔を離した。
 なんだかひどく甘えたい気分だったから、すっかり無抵抗でいたカレンは、理不尽は承知で、すこしだけ恨めしいような上目遣いでジノを見上げる。
「……ちゃんと、口にしてよ?」
「ん? んん~? うん。――って言われても、ねえ?」
「――ははっ」
 頭の先から、突然別の男の声が聞こえたものだから、ギョッとしたカレンが振り向くと、なぜだか部屋の奥では、シャルルとコーネリアが仲良く布団を並べてウンウン唸っていて。
 その傍らでは、介抱役のギルフォードが困ったような微笑を浮かべていた。
 ギャーッと叫び出したいほどに一気に激赤したカレンは、『先に教えておきなさいよっ』と小声で恨み言を発しながら、ジノの太腿をギュウギュウつねった。
「いてて、痛いって、カレン」
 そう言って、陽気に笑ったジノは、「また後でな」と言い残して、さっさと腰を上げてしまったが。
 一瞬後には、やっぱり思い直した顔をして、カレンの耳元に顔を寄せると、
「明日、丸一日バイト休みにしてあるんだ。詫びなら、その時きっちり入れてもらうから」
 と思わせぶりな低音で囁いて、カレンの耳たぶに噛みつくと、ギルフォードに明るく会釈を残して去って行った。
 やっぱり、そう来ますか。――と思ったカレンは、ユデダコのように真っ赤になってしまった顔を隠すために、酒臭い布団の中に頭の先まで埋まった。



◇ ◇ ◇




 見渡すかぎりに広がる記憶の美術館。
 鮮やかなエメラルド・グリーンのアーケードに遮られた空の部分に流れる雲の動きがある以外は、一切の時の流れが止められてしまっている精神世界。
 コード保持者であるC.C.は一瞬で移動できるかもしれないが、ルルーシュはいまだに単なるギアス能力者に過ぎないわけである。
「どうして私が」と渋るラクシャータをせっついて、蜃気楼の起動キーを手に入れたルルーシュは、約二年ぶりになるKMFに騎乗して、物理的に神根島まで移動してから、Cの世界まで移動する必要に迫られた。
 どうしたって生じてしまう小一時間ばかりのタイムラグに、内心ではジリジリ焦れながら、ようやく目当ての場所まで辿り着いたルルーシュが目にしたのは、一基のカフェテーブルと、その傍らに立つ管理人C.C.の姿であった。
「あら、おかえりなさい。すぐに用意するわね」
 ニコリともしないで、完全な無表情でそう言って、カツーン、カツーンと靴音高く響かせながら、背中を向けて去っていく。
 異常にスカートの丈の短い、メチャクチャに可愛らしいメイド服姿で。
「ああ、これ? 一種の罰ゲームというのかしらね。マリアンヌが『一蓮托生』と言って聞かないものだから」
 深紅の薔薇を思わせるヴォリュームのあるスカートの裾からは、漆黒のレースがビラビラとこぼれ落ちていて。胸元がやたらに強調された上衣の上からは、純白のエプロンドレスが重ねてあった。
 両手には繊細なレースで編まれた手袋をはめており、ヘッド・ドレスの部分にも深紅のリボンで愛らしい装飾を施してある。
 そして、銀のトレイを片手に数分で戻ってきた管理人C.C.は、ポカンと口を開けたまま微動だに出来ないでいるルルーシュの姿を目にすると、単刀直入に事情を説明してくれた。
 あんまり話が直接的過ぎて、ルルーシュには何のことやらさっぱりワケがわからなかったが。
 おそらく先日の一件は、管理人C.C.も関与していることだけわかれば充分だった。
 それにしても――

 ――――――母さんっっっ!!!

 自分の母親の奇抜な発想力と、行動力には唖然とさせられるばかりだが。
 ルルーシュには、決して太刀打ちの出来ない人物に、こんな姿を強要するくらい発言力があるんだから、どうして先にC.C.を止めようとしなかったんだ? と少しくらいは恨みに思ってしまう。
「どうぞ、召し上がれ。お口に合うと良いけれど」
 無意識のうちにも、ガックリ腰を下ろしていた面前に、甘いバターの香りのする熱いココアを差し出され。
 正直言って、ルルーシュは『どうしてココア?』と一瞬当惑してしまったが、「どうも」と素直に頭を下げると、ありがたく口に運んだ。
 対角線上には、丸いカフェテーブルを挟む形で、C.C.が膝を抱えて真横を向いている。
 手元には、やっぱりココア。
「『私』なら、相手の好みに応じて、淹れてくれるのだけどね」
 ちょうど三人で、正三角形を形作る配置で腰を下ろした管理人C.C.の手元にも、やっぱり同じココアのカップが置かれている。
 どうやらこの場合の『私』とは、今現在地上でマリアンヌに弄ばれているC.C.のことを指しているらしい。
 すっかり記憶を失くしているものだから、有ること無いこと吹き込まれ、完全にオモチャにされているのだ。
 一応、護衛役としてスザクを残してきたのだが、正直言って、スザク程度のキャリアでは、マリアンヌに対抗できるとは思いがたい。
 一刻も早く母親の毒牙から救い出してやるためにも、まずはこっちを先に何とかするしかないと潔く肚を括ると、単刀直入に話を切り出した。
「――だから、C.C.。俺は、おまえの立場をハッキリさせてやりたかっただけなんだ。こういうのは『気持ちの問題』とお互いに割り切っていたつもりなんだがな、それでも実際おまえは、アレコレ悩んでしまうんだろう? だから俺は、――」
「フンッ、割り切っていたのは、おまえの都合だろう? それでは私が悩み始めたものだから、亭主ヅラして文句を言う権利を有するために、私をアイツらの前で見世物にしたというわけか? 結構なお題目だな」
「――…ッC.C.」
 憤然と言いさして、気まずそうな横目で、管理人C.C.の姿を黙視する。
 察した管理人C.C.は、おとなしく腰を上げてくれたのだが、その腕をC.C.が、すばやく掴んで引き止めた。
「遠慮することないだろう? こいつだって、私と同じようなものだ。聞かせてやれよ、おまえのご大層な言い分を」
 この女はまた――と、ルルーシュは思わずギリッと奥歯を食いしばったが、それより以上に冷淡な仕草で、管理人C.C.が、C.C.の手を振り払った。
「いくらでも喜んで拝聴させて頂きたいところだけど。『私』が馬鹿みたいに意地を張る姿は、これ以上見ていられないから。悪いけど、これで失礼させて頂くわね」
 C.C.は悔しげに振り払われた手を握り締めると、真横を向いたまま抱えた膝の上に、ひたいをギュッと押し当てた。
 それには一瞥も与えはしないで、管理人C.C.は、ルルーシュにだけ会釈を残して去って行く。
 ルルーシュは、惚れ惚れするような管理人C.C.の引き際の鮮やかさに、感嘆の眼差しを注ぎながら後ろ姿を見送った。
 カツーン、カツーンと高い靴音を鳴らしていた背中が、やがて霧の中に飲み込まれるような感じで、徐々に薄まり消えていった。
 ルルーシュは、なんとなくフーッと小さく吐息した。
「―――あんまり面白がって、親父にギアスを使わせるな。記憶を弄られるほうの気持ちを、おまえは一度でも考えたことがあるのか?」
 そもそもの争いの原因を突然持ち出されて。
 自分の膝を抱えたC.C.の指先が、ピクリとわずかに震えた。
 その様子を淡々とした眼差しで眺めながら、ルルーシュは溜息まじりに話を続ける。
「一番の馬鹿は親父だがな。アイツは、自分が同じ扱いを受けようものなら、それこそ相手を末代まで滅ぼしかねない勢いで復讐するくせに、その点を一切考慮していないんだ。おまえと母さんが、面白がって囃し立てるものだから尚更だ。おまえ自身は、ギアスが効かないから、わからない理屈かもしれないがな」
 痛烈な皮肉を利かせてやると、やっぱりC.C.は何も言わずに、指先が白くなるくらいに力いっぱい自分の身体を抱きしめた。
 ルルーシュは構わず、淡々と話を続ける。
「あんな真似をしなければ、俺が信用できないのか? だったら、どうして俺に直接訴えようとしないんだ? 俺たち夫婦の問題に、いちいち他人を巻き込むな。――あのとき俺は、おまえにそう言ってやるつもりだったんだ。――だがな、さっきおまえも言ったとおり、考えてみれば、俺が勝手に『夫婦同然』と思い込んでいるだけで、世間的にはおまえの亭主面する権利を一切有してないわけさ。だから正式に、おまえに文句を言う権利を有するために、略式だが式を挙げることにした。たしかに俺は、おまえを騙したかもしれないが、今となっては後の祭りだ。これ以降は、文句があるなら俺に向かって直接言え。金輪際、親父のギアスを当てにするのは、おまえの亭主である俺が許さない。――わかったな?」
 自分の記憶を弄られるだけなら、親父を八つ裂きにしてやりたいほど腹も立ったが、我慢も出来た。
 だが、よりにもよってC.C.は、自分の身体をくだらない賭けの対象に差し出して、ルルーシュを騙すためにノコノコ顔を見せにやってきたのだ。
 その神経が理解できないのと同時に、どうして意味もなく、俺たち二人の関係に他人を介入させる必要があるのかと腹が立った。
 たとえC.C.の記憶を持ち、C.C.と同じ顔をしていようとも、本体であるC.C. 自身は、Cの世界で高みの見物を気取っていたわけだから、ルルーシュの気持ち的には裏切られたも同然だ。
 たしかにルルーシュは、直情径行の強いタイプであるかもしれない。
 だからといって、人の話に一切耳を傾けないほど狭量なタイプでもないつもりだ。
 それまでじっと顔を伏せたまま沈黙を守り続けていたC.C.は、ややあって気だるそうに顔を上げると、視線を外したまま「わかったよ」と短く答えた。
 どうせまた内心で、無理やり本心を押し殺しているクセに。
 そんな態度で言う「わかった」の何を信用しろと言うのか。
 相変わらず不信を消してなかったルルーシュは、その横顔を見つめながら、溜息まじりにテーブルの上に頬杖をつく。
「いったい、また何が原因で、そんな話になったんだ?」
 そんな話とは、要するに『入れ替わり』に至った話のいきさつだ。
 なぜだか顔を赤く染めながら、憮然としたC.C.は、「くだらないことさ」とぶっきらぼうに吐き捨てる。
「今更おまえに言われなくても、我ながら馬鹿なことをしたものだと反省しているさ。あまりに反応が顕著だからといって、迂闊に愉しんでいた私が悪いんだからな」
 回りくどい言い方だったが、ルルーシュには思い当たる節が有り過ぎた。
 シャルルのギアスで記憶を弄られて、C.C.のことを忘れるたびに、ルルーシュは必ず『一目惚れ』に近い現象に陥ったのだ。
 出会いのシチュエーションは様々だったが、他人同士のまま別れることが出来なくて、最後は決まってルルーシュのほうから初対面の相手を口説いた。
 ルルーシュの気持ち的には、毎回が「人生初の経験」だったわけだが、実際には全部で占めて41回も初対面のC.C.を口説き続けているのである。
 我慢しようにも、目元のあたりが熱くなってしまうのは避けようもなく。
 唸るような低音で、「で?」と促がすと、同じような顔をしているC.C.が、不機嫌そうな声音で心底嫌そうに呟いた。
「Cの世界で、それを見ていたマリアンヌに言われたんだ、『ルルーシュったら、C.C.の身体だけが目当てなのかしらね?』ってな」
「…………………………………………………………………はあァ?」
 いったい、何がどうすれば、そういう結論に達するのか、ルルーシュにはまったく理解できない。
 満面に疑問符を浮かべながら言葉を失うと、C.C.は、ますます満面に朱を注ぎながら唇の先を尖らせた。
「もちろん私も言ってやったさ。『馬鹿を言うのも大概にしろ』とな。だが、マリアンヌがまた『あら、案外図星なんじゃないの?』なんて煽り立ててくれるから――」
 あとは、売り言葉に買い言葉で――と、C.C.は言葉を濁した。

 ――――――母さんっっっっっ!!!!!

 喧嘩の仲裁を期待するどころか、諸悪の権化はアンタなんじゃないかっ!
 両手で頭を抱えたルルーシュは、ギリギリと音が鳴るほどに奥歯を噛みしめる。
 だが、マリアンヌにそんなことを言って食って掛かろうものなら、「あら、おかげでC.C.と結婚出来たんだから良かったじゃない?」と、あの母親は、しゃあしゃあと言うに決まっているのだ。
 しばらくして、どうにか意思の力ずくで動揺を鎮めることに成功したルルーシュは、なんだかひどく疲れ切った気分でマグカップを口に運んだ。
 どうりで、甘ったるいココアを用意してくれたはずだ。
 精神的に、ひどく疲労困憊しているものだから、なんだかやけに甘ったるいココアが、美味しく感じられた。
 意外にあの女も、素直じゃないんだな――と感心しながら物思いに耽っていると、目の前でC.C.が、口を挟む機会を窺っているのに気づいた。
 なんだ? と視線で促がすと、テーブルの上に両腕を乗せたC.C.が、顔の下半分を腕の中に埋めながら、言い辛そうにポツリと訊ねる。
「……どうしておまえは、あんなにあっさり私でないと見抜けたんだ? 決して開き直って言うわけではないんだがな、私の考えるかぎり完璧な作戦のはずだったんだ」
 心底不思議そうに訊ねてくれるので、ルルーシュは、『何だ、そんなことか』とつまらなそうな顔をして答える。
「慣れ、だな」
「――は?」
「あの作戦の、いったいどこが完璧なのか知らないが。おまえのフリをしているアイツに声を掛けられても、俺はちっともリラックスした気分になれなかったんだ。――当然だ。植えつけられた記憶では、おまえとの間に培ってきた信頼関係まで、そっくり移せるわけではないからな」
 だから、たったのひとこと声を掛けられるだけでも充分だった。
 コイツは、C.C.なんかじゃない――空気的に伝わる肌の感覚で、ルルーシュはそう知覚した。
 その事実さえ掴めれば、背後の因果関係を見破るくらい容易なことだったので、ルルーシュは一瞬で激怒したわけだった。
 何だか情けない感じにクシャリと顔を歪めたC.C.は、ますます困っている感じにポツリと呟く。
「悪いが、私には自信がないぞ? おまえの偽者がある日突然私の前に現れても、私はそのままあっさり信じてしまいそうだ」
「馬鹿か、おまえは。そんなわけがあるか」
 ――何なら一度、咲世子に協力を求めて試してみるか?
 そう訊ねるつもりだったが、ルルーシュは口に出すのを止めにした。
 自分の口で、「俺たち夫婦の問題に、いちいち他人を巻き込むな」と言ったばかりではないか。
 なんとなく不自然に空いてしまった沈黙の間を埋めるようにして、ルルーシュはさりげなくC.C.の手を握った。
 嵌めたばかりの左手薬指の結婚指輪を、指先で軽く撫でるように弄ぶ。
 この女は自分のものであることを、ルルーシュたちと縁の深い連中に証明してやれれば済んでしまう話だったので、限りなく略式に事を進めてしまったわけだが。
「……もっと、ちゃんと、したかったか?」
「え?」
「結婚式」
 C.C.は、しばらく押し黙っていたのだが、やがて「そうだな」と素直に肯定した。
「……別に、形式にこだわるつもりはないけどな。ああいうのは、事前の相談からして愉しむモンだろう? 近所の奥さん連中が、『ウチの亭主は、何もしなくて』と決まって文句を口にするんだが、それを言っている顔つきが、なんとも言えず愉しそうなんだ。……正直言って、羨ましかった」
 その事前の相談を一切割愛して、亭主が無断ですべての段取りを整えてしまったものだから――それはまァ、殴りたくもなるわけだ。
 悪いとは思いながらも、ルルーシュは力なく苦笑してしまう。
「おまえの戸籍の問題が残ってる。いずれ、そっちの方面がクリアしたら、もう一度正式にやり直すか?」
「お断りだ。そうそう何度も、見世物にされてたまるものか」
 そう言って、婉曲にルルーシュの判断を肯定してくれているのはわかっている。
 だが、しかし――
「おまえも大概、素直じゃない女だな?」
「……わるかったな」
「ああ、大いに悪い。これに懲りたら、少しは反省して素直になれ」
 言いながら、人差し指でクイクイとC.C.を呼び寄せると、さっさと眼を閉じてしまった顔を差し出した。
 ギアスの契約に関する場面以外では、いまだに一度も自分のほうからキスをしたことのなかったC.C.は、一瞬で手のひらに汗をかくほど赤面してしまったが。
 目を瞑ったままルルーシュが、『さっさとしろ』と顎を振って促がすので、C.C.は溜息まじりに腰を浮かせると、素直にルルーシュの唇に顔を重ねた。
 とてものこと二年以上も同居を続けている夫婦とは思いがたい本当に可愛らしいキスだったが、それでもルルーシュは、満足そうにニコリと相好を崩して微笑んだ。
「そろそろ帰るか? おまえ、ちょっと先に帰ってろ」
「は?」
 怪訝そうな顔をするC.C.に、わざわざ蜃気楼に騎乗して神根島まで移動してきた事情と、なかば人質同然でマリアンヌの元に残してきたC.C.の事情を伝えると、しかつめらしく眉間に皺を刻んだC.C.は、
「おまえ、それはな、腹のくちくなったライオンの前に、仔猫を転がしておくようなものだぞ?」
 なんて物騒なことを、ひどく焦っている口調で言ってくれるので、『仮にも姑に向かって、大げさな奴だな』とルルーシュは若干あきれてしまったが。
 まばたきするほどの一瞬で、入れ替わりの成立したC.C.を目前にして、なんとなく納得してしまった。

「~~ッ…ご主人さまぁあああああああああああ~~~~っっっ!!!」

 ルルーシュの顔を目にした瞬間に、九死に一生を得たという顔をしたC.C.が、ルルーシュの胸元に飛び込んでくるなり、ワンワン声を上げて泣きじゃくってくれたので。
 こんなになるまで、いったい母さんは、何を仕出かしてくれたんだ? と考えるだに頭が痛かったが。
 それに輪をかけて、玉城の挑発に安易に乗せられてしまったC.C.が、挑んでくる全員と飲み比べをしている――なんて大トラの巣窟に、蜃気楼で駆けつけたルルーシュが合流したのは、それから更に一時間後のことである。



◇ ◇ ◇




 ――そして、目覚めた時には(しかばね)るいるい。
 なんて表現は、新婚第一日目の家庭には、絶対にふさわしくない言葉だろう? と思ってしまうが。
 実際、ルルーシュの目撃した光景はそんなようなものだった。
 部屋中に、屍たちの体内から発する酒の匂いが充満していて、そこら中で死に切れていない屍たちが口々に、「……み、…水…っ…」などと寝言をほざいている。
 ルルーシュは、いっそ一思いにトドメを刺してやろうか? と激しく頭痛を感じながら、屍の山を踏み越えてキッチンまで辿り着くと、朝食の準備を始めた。
 結局、あのあと祝賀会は二次会でお開きになってしまったのだが、酔い潰れてしまった人間があまりに大量に発生してしまったために、嫁の責任を取らされたルルーシュが、自宅の一部を提供したのだ。
 翌日は月曜日だったので、屍の山から仕事のある連中をチョイスして叩き起こすと、朝食をご馳走して、順次仕事に間に合うように送り出した。
 ひととおり見送りの儀式が済んだところで十時過ぎ。
 ルルーシュも、昼前に聴いておきたい講座がひとつあったので、『そろそろ出かける準備をするかな?』と時計と相談していたところに、完全に二日酔い状態のC.C.がフラフラと起き出してきた。
「……………もう出かけるのか?」
「そうだな、そのつもりだが」
「……………弁当……」
「気にするな。たまには、学食の世話になって済ませるさ」
 昨夜、ルルーシュが自主的に「自宅を開放する」と告げた際にも、理性の残っていた数名が「とんでもない!」と驚いてくれたものだが。実際もう二年以上も夫婦同然の生活を続けているわけだから、いまさら仰々しく『新婚初夜』を気取るつもりもなかった。
 ダイニングテーブルの上にグッタリ突っ伏して「済まない~」と謝るC.C.の髪をクシャリとかき回し、腰を上げると、濃い目に入れたエスプレッソのデミタスカップをC.C.の手元に差し出した。
「それより、C.C.。カレンと、ラクシャータと、スザクの予定を聞いておいてくれないか? 出来れば、今夜にでも改めて夕食に招待したいんだが」
 ありがとう~と力なく呟きながらカップを受け取ったC.C.は、渋茶でも飲んでいるような顔つきでズズッとコーヒーを啜ると、ハア~っと長い息を吐き出した。
「……………ああ、それな~……一応わたしも考えていたんだが、カレンは昼前には帰りたいそうだ。ラクシャータは夕方から仕事の会合があるそうで、スザクの予定なんかは知ったことではない」
 騙されたことを、まだ根に持っているのか――と苦笑を浮かべながら、ルルーシュは「そうか」と残念そうに呟いた。
「なら、いつ頃なら予定が空きそうか相談しておいてくれ。俺の都合は、そっちに合わせるから」
「わかった」
 それ機に腰を上げると、ルルーシュは手早く出かける準備を済ませて、玄関先に向かった。
 てっきり寝直しに戻ったとばかり思っていたC.C.が、殊勝なことに先に来て待っていたので、いつものように腰を抱き寄せると「行ってきます」と唇を重ねた。
 まだかなり酒臭かったが、口の中には歯磨き粉特有のミントの香り。
 きっちり顔も洗って、どうやらルルーシュの代わりに、残りの屍たちの面倒を引き受けるつもりでいるようだった。感心、感心。
「……指輪、嵌めたままで行くのか?」
 顔を離すなり、C.C.が『念のため』といった顔つきで訊ねてきた。
 ルルーシュは、苦笑まじりに「当然だ」と答えた。
「そもそも俺は、指輪だけ贈れば充分だと考えていたんだがな、カレンとスザクに反対されてああなった」
「アイツら…ッ」
 物騒な顔つきで呟いてくれるが、カレンとスザクが企画立案した計画を、C.C.に黙っていたのは、あくまでルルーシュの独断である。
 その辺の事情を曖昧に誤魔化して笑ったルルーシュは、「いいじゃないか」と他人事のように呟く。
「クソ親父が、くたばる前に結婚式も見せてやったことだしな。これで後顧の憂いなく、いつでも大往生できるだろう」
「アレがそう簡単にくたばるタイプか。毎日、私に肩を揉ませている間中、『孫の顔を見るまでは』と意味もなく枕詞にして連発してくれるんだぞ?」
 なかなか微笑ましいことになっているんだなと思ったルルーシュは、思わせぶりに目を細めた。
「なら、今夜あたり試しに励んでみるか?」
 なにしろ、『夫婦同然』の生活を二年以上も続けていながら、いまだにこっちの方面は解禁されていないのだ。
 さりげなく、C.C.の尻をつるりと撫でながらそう言うと、
「うるさいっ、いいから、さっさと出て行けっ!!」
 全身の毛を逆立てる勢いで激赤したC.C.に、蹴り出す勢いで送り出されて。
 ルルーシュは、クックッと明るく笑い声を上げながら、駅までの短い距離をダッシュした。



◇ ◇ ◇




「なかなか、新婚らしい雰囲気じゃないィ~」
「…ッな、聞いていたのか、ラクシャータっ?」
 ひとりでに赤くなる顔の熱さを持て余しながらルルーシュの背中を見送っていたC.C.は、突然背後から抱きつかれて、全身の血流が一気にカッと熱くなる。
 ラクシャータは、C.C.の背中に抱きついたまま、キッチンに向かってグイグイ歩き始めた。
「おなか空いちゃったァ~、あとコーヒー三人分ね。カレンちゃん起こしてあげるから」
「喜んで。と言ってやりたいところだが、ウチにはスザクに飲ませるようなコーヒーは用意してないぞ?」
「違う違う。さっきジノから連絡があってさァ、そろそろカレンちゃん、迎えに行くからって」
「そうか。それは鄭重に労ってやらないとな」
 なにしろ最後までバーテン役に徹していたジノは、あの大トラの巣窟で、自分はアルコールを一滴も口にせず、アッシュフォードの面々を初めとした女子たちを車で送り届けてくれたのだ。
 マリアンヌと飲み比べをして、早々に潰れてしまったスザクとはワケが違う。
 だが、このときの判断を、C.C.は後に悔やむことになる。
 やがてジノを迎えて、なんとも微笑ましい気分でブランチを愉しんだ後、ラクシャータも途中まで車に乗せてもらうのだと言って一緒に帰った。
 その後も、自力で起き出してきた人間に、C.C.は機械的にコーヒーと食事を振る舞って、「これ、C.C.が作ったのかっ?!」なんて驚く連中には、遠慮なく拳もお見舞いして、改めてお礼を伝えると、鄭重に送り出した。
 ひととおり見送りの儀式が済んだところで、ヤレヤレと肩を撫で下ろしたC.C.は、Cの世界を経由してアリエスの離宮に向かった。
 神根島を初めとした遺跡から進入が可能なCの世界。
 だが、わざわざ肩揉みだけの理由で、長距離を移動するのが鬱陶しかったので、手っ取り早くCの世界とアリエスの離宮にバイパスを結んだのだ。こういうのは、V.V.が得意だったので助かった。
 ほとんど惰性でシャルルの肩を揉んでやっている間中、いつも以上のしつこさで「孫の顔を見るまでは」を連発してくれるので、「どうやら今夜あたり、試しに励んでみるらしいぞ?」とヤケっぱちで教えてやったら、思わず目頭を熱くしたシャルルが、無言で肩を震わせながら感涙に泣きむせんでしまったので、やっぱり気持ち悪かった。
「C.C.、ちょっと付き合いなさい?」
 その一方で、C.C.以上に浴びるほど飲んでいたはずなのに、まったく二日酔いの兆しもないマリアンヌは、強引にC.C.を買い物に付き合わせた。
 ちょっと高めのマイセンの店に連れて行かれて、「好きなの選んで」と言うので、絵付けの気に入ったティーカップセットをC.C.が選ぶと、マリアンヌはそれを五ダースも注文するのでC.C.は驚いてしまったが、「アンタたち、お返しのこと、ちっとも考えてなかったでしょ?」と至極もっともなセリフで返されて、『こいつもやっぱり、母親だなァ』と珍しくC.C.は、純粋に感動した。
 まァ、もっとも、家に帰ると、やっぱり脚を揉まされてしまったわけだが。
 それなりに有意義な一日を満喫した気分で、やがてC.C.が自宅に帰ると、なぜだか開けたドアの向こう側に、満面の笑みを浮かべたスザクが待っていた。
「おかえり、C.C.。起きたら、誰もいないんだもん。正直、待ちくたびれたよ」
 スザクが残っていた事実を完全に頭から消去していたC.C.は、愕然としたまましばらく硬直してしまったが。
 ぎこちなく顔を歪めると、もちろん当てつけのつもりで、うんざり大きな溜息を吐き出した。
「……だったら、遠慮なく帰ればいいだろう?」
「またまたァ、そんなわけにはいかないよ」
 いったい何がどうして、そんなわけにはいかないのか、C.C.には皆目見当がつかなかったが、スザクは本気で言っているらしい。結局、そのまま夕食まで居座った。
 大学から戻ってくるなり、玄関先でスザクに出迎えられたルルーシュは、目混ぜで『どうして、コイツだけ残っているんだ?』と疑問を伝えたが、まさかにも本人を前にして「関わりたくなかったから」とも言い出せまい。
 なんとなく暗黙の了解で、新婚初夜のやり直しをする雰囲気が二人の間で一致しているのを感じていたから、内心で、『――このKYがっ!』と恨み言を発していると、何も知らないスザクが、のほほんとした顔つきで「そういえば」と話し始めた。
「さっき、ジノから電話があってさ、『C.C.の作った朝飯が美味しかった』ってさんざん自慢されちゃったよ。僕も一度食べてみたいなァ~、C.C.の作った朝ごはん」
 ルルーシュは、ニッコリC.C.に向かって微笑んだ。
 C.C.も、ルルーシュに向かってニッコリ微笑んだ。
「え、えっ? ちょっと、どうしたんだい、二人とも?」
 二人はニコニコ笑いながら、慌てるスザクの両腕を、がっしと左右から掴むと、強制的に玄関先まで誘導し、
「「せぇ~のっ!」」
 息を合わせて、鄭重にドアから蹴り出した。



[ ende ]
――「後生だから」 帰って 「お願い」。